第358話・消された闇の精霊神

 闇の精霊神の存在は、大陸では全くと言っていい程、知られていない。


 ぼくたちの知っている、ただ精霊神と呼ばれている存在の正体は、の精霊神。闇の精霊神は光の精霊神の対として存在し、大陸を、そこに生きるものを共に作り、その後光の精霊神と争って力を失い、光の存在を呪いながら大陸ではない場所を漂っていると言われる存在だけど、大陸に伝わる神話からも伝説からも、その存在は抹消されている。ただ、大陸を狙う「闇」がいるのだと伝えられている。精霊神より格下の存在として。


 光の精霊神の分霊であるぼくからもその記憶は封じられていて、聖地に仔犬の姿ですっ飛ばされた時、世話になったイコゲニア一家のマトカさんが話してくれた昔話のお陰で気付いた。


 何故ここまで念入りに消されたか。


 恐らく光の精霊神が、人間が闇の精霊神に惹かれることがないように、大陸から痕跡すらも消したんだろうな。


 だけど、いないとしたはずの闇の精霊神の影響を受けた魔獣や凶獣がいて、悪意を持つ人間もいる。


 だから、「闇の存在」だけを伝えて、人間に警告すると同時に安心させたんだろう。精霊神と同等の存在ではないのだと、最後には光が勝つのだと。


 だけど。


 スヴァーラさんが驚きを持って送ってきた手紙は、ある事実を伝えている。


 「富める強国」ディーウェスを滅ぼしたのは、闇の精霊神だと。


 手紙では、ディーウェスに現われたのは黒い炎だったという。


 光の精霊神の真の姿は黄金の炎。


 そして、精霊神は影や闇や黒と言ったものを極端に嫌う。


 自分の手の届かない力があることを認めたくないからだ。


 だから、どれだけ怒っていたって、かつて追放した自分の対……闇の精霊神に近い姿を取るはずがない。


 黒い炎なんて、そんな。


 闇の精霊神を創造させる姿なんて、取るはずが。


 ぼくは否定してほしくて、手紙の続きを読む。


 『ディーウェスにも行きましたが、本当に真っ黒に染まっていました。精霊神様がお怒りになられた痕跡だとオルスさんは言っていました。私もそう思います。白い石で作られた町が、本当に真っ黒に染められていて。でも、精霊神様が御自分を信じる人たちを滅ぼすなんて、有り得るのでしょうか。クレー町長やサージュさんやアパルさんと、このことについて語り合いたいものです。もう少しばかりオヴォツに留まって、色々教えてもらってから、叶うならばグランディールに行きたいと思います。クレー町長には大変お世話になりましたし、この話が出来るのはクレー町長くらいしかいないと、何となく……そう何となくなんですが、そう思うんです。もしお話をしたいと言うのであれば、エキャル君にお返事を持たせてください』


 ……黒く染まった白い町。


 光の精霊神がやることじゃない。


 白は光の色。黒く染めるはずがない。


 これは、間違いない。


 闇の精霊神……光の精霊神に大陸を追放され、力を失って漂っている、影響を与えるしかできない存在が、町を黒く染める炎という姿で大陸に姿を現し、猛威を振るったのだ。


 オヴォツの民の有様でも、闇の精霊神の影響を受けていることがうかがえる。


 悪口……相手の言うことを信じるのではなく、疑ってかかる。反論する。徹底的に相手の意思が折れるまで続ける。


 それはどう考えても、「ひとを信じる」ことを尊いとした光の精霊神の志した有様ではない。


 闇の精霊神が……力を取り戻している? そして既に大陸に根を張っている。


 ……思えば。


 大陸の四方は人間の手から失われつつある。北端も、東端も、南端も。西端すら人間は見捨てるしかなかった。


 光の精霊神への信仰が大きすぎて、光の信仰神が何とかしてくれると信じて、人は誰も目を反らしているけれど、人間の居場所は確実に減っている。


 ……聖地に続く西端すらも失ったら、人間は逃げ場を失うんじゃないのか?


 背筋を冷たい汗が流れていく。


 光の精霊神……ぼくの本体は気付いているのかどうかは知らない。だけど、闇の精霊神は確実に力をつけ、光の精霊神から大陸を奪いつつあるのだ。


 うわあああああ。


 ヤバい。


 ヤバいことを悟っちゃったよ。


 大陸、存亡の危機です。


 本気でヤバい状況です。


 ていうかみんな、大陸に住める場所が減っていることで薄々気づいてはいるけど、精霊神への信仰から、精霊神が何とかしてくれると思っちゃってるんだ。


 ちょっと待てちょっと待て、いや待て。


 光の精霊神がこのタイミングで自分の一割を削って「ぼく」を作った理由が分からない。


 闇の精霊神が力を取り戻しつつあると言うのに、自分の力を削る意味があるのか。


 もし大陸を守るために闇の精霊神と戦うのであれば、精霊や精霊小神を搔き集めて力を蓄えなければならないのに。


 手がガタガタ震え出す。


 エキャルが軽く嘴でぼくのこめかみのあたりをつついてきた。


 そっちを見ると、不思議そうな顔のエキャル。


 こりんっと首を傾げる。


「悪いエキャル」


 ぼくの声が震えているのを、抑えきれなかった。

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