第152話・恵みの町
「おおお……」
町民以外で初めて招き入れた(ヴァリエは勝手に入って来たので除く)スピティの六人は、まず空を見上げて絶句した。
蜘蛛の巣のように張り巡らされた水の覆い。流れが上昇し下降し遠くへ近くへと水が絶えず流れ続ける。
「あれは……落ちて来るとか……」
「落ちません。むしろ雨除けになってくれます」
雨が激しい場所にいても、水路天井がしっかり遮ってくれるから、少し湿り気が多いかな程度でしかない。移動先によって寒暖差は出て来るけど、野菜を育てるために必要な気温と湿度を保っている。町の中心部や陶器作業場などは時折お湿り程度に降り、牧草地や畑には水路天井から定期的に適度な雨が降って恵みを保っている。
と説明すると、六人ははあ、と息を吐いた。
「天の機嫌に左右されることがない。素晴らしいですな」
感動したようにフューラー町長が呟いた。
「スピティは湿度は家具にちょうどいいのですが、その分雨が少ない。雨季に可能な限り水を溜め込みますが、乾季に畑や家畜に回す水がない。乾季の食料は他の町に頼るしか方法がない。しかしここにはすべてが揃っている!」
フューラー町長の視線の先には、青々とした牧草地がある。
「必要な場所に必要なだけの水を配給できるこの空中水路。このような言い方をして大変申し訳ないが、大変に
スピティは畑も狭く、水汲み場も少なくて、湯処も雨季にしか運営していないと聞いた。乾季の水は貴重で、湯処に回せないんだって話。
「町を案内しましょう」
ぼくは笑って、門番の二人に頷きかけて町の中に入る。
六人は水天井から視線を下ろし、そして門の外が目に入ったらしい。思わず地面に手をつく。
「う……浮いているのですな」
「はい、浮いています」
ぼくはその後ろから下を覗き込む。物見高いスピティ町民が見上げて指を差したりしている。
「地面に落ちたことはありませんのでご安心を」
「ああ、いや、どうも尻の辺りが……」
「分かります」
ぼくは笑いかける。
「私も初めて飛んだ時は落ち着きませんでしたから」
町の中に入っていく。
「門から真っ直ぐ。一番向こうにあるのが会議堂です」
「大きいですな」
「この距離でも大きいのが分かりますね」
「この中央道の両端にあるのは町民の住宅でしょうか?」
「ええ。店や商会もありますが、主な建物は町民の住宅です」
「なかなか素晴らしい……が」
デレカートが目を細める。
「統一感に欠けますな」
「はは、それは認めますよ」
ぼくは歩きながら笑う。
だって、住民の趣味をそのまま形にしたんだもん。これでも一応趣味が近い家が揃ってるんだよ。前はもっとばらばらだったし。
「あちこちにある平屋の建物は何ですか?」
「湯処です」
「湯処?!」
「はい。湯処はお湯が循環しておりますので一日中いつでも入れます。朝一番に入りに来る者もいれば夜遅くに疲れを落としに来る者も」
「使用料は?」
「今のところ無料です」
「無料?」
「無料」
オウム返しに応える。
「……湯処の中を見て構いませんか?」
「どうぞ」
ぼくは笑って、一番近い湯処に向かう。
当然営業中。
今は誰も居ないけど。
入口で靴を脱いで、男湯に案内する。
「まあ、こんな感じです」
「広い……!」
「この広さのこの湯量……!」
唖然呆然。
「これと同じあれらの建物も、湯処で?」
「ええ。住民が十分に疲れを落とせるようにと」
「これもあの水路天井のおかげですか?」
「そのようなものです」
はー、と息を吐き出すスピティの皆さん。
「羨ましい……全く羨ましい……」
「スピティの上層部でもできない贅沢を、グランディールの町民はしているのですな」
確かに、一日中いつでも入れる湯はかなり贅沢だと思う。
「町を回った後、疲れを落としてゆきますか」
「なんと」
「町民のみしか入れぬ場所では?」
「町民しかいなかったからそうなっただけで、皆様をお断りする理由にはありません」
「おお」
スピティはちょうど乾季が終わりかけたところ。お湯は貴重。
「まだ町民の為の設備しかないので、皆様の泊る宿や食堂はありません。会議堂の仮眠室や町民の食堂で申し訳ないが」
「いやいや、それで十分です」
フューラー町長が首を横に振る。
とりあえず会議堂や陶器通りを案内して、クイネの食堂にご招待。
「いらっしゃい」
不愛想なクイネが、食事を半分以上作って待っていた。
「いらっしゃいませ」
ヴァリエが頭を下げる。
「おや、あの時の」
トラトーレとデレカートはそれが誰か気付いたようだ。
ヴァリエはスピティで仕えるべき主を探していて、フューラー町長やトラトーレ商会長やデレカート商会長の所に突撃したりしていた。銀の髪に藍色の瞳は滅多にない組み合わせだけど、騎士の正装をしていないから一瞬分からなかったんだろうなあ。
「その節は失礼いたしました」
ヴァリエは深々と頭を下げる。
「今はグランディールで給仕として働いております」
「あれだけ騎士に拘っていたのに……」
「変わるものですな」
自分は騎士だ正しいんだと言っていたあの時から比べると、随分丸くなったよなあ。うちの女性陣が苦労した
そのヴァリエが運んでくる、いつも通り気合の入った食事に舌鼓を打つ。
「美味いですなあ」
「食事のスキルですかな?」
「いえ、自分は絵付のスキルです」
あっさりと応えるクイネ。
「しかし、ここでは食堂の親父をさせてもらっています」
「…………!」
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