第153話・スキルがなくても

「これでスキルなしとは……」


 クイネの料理を食べたトラトーレは感心の声を上げた。


「グランディールのモットーは、なりたいものになる」


 パンを口に運びながらぼくは言う。


「スキルで強制的に仕事を決めることはありません」


「理想の町ですな」


 デレカートが感嘆の声をあげる。


「それで成り立つのであればそれが一番ですが……町として成立できるのですか?」


「出来ます。やりたいと思うことを貫き通せる情熱があれば」


「情熱」


「ええ。即売会の陶器は、スキルがなく、それでも陶器を作りたいと望んでいた者たちが努力を重ねて作り上げたものです。確かに高額製品とは比べ物にはなりませんが、それでもグランディールの商品として売り出せるレベル」


「ああ、家族が即売会で気に入った皿を買ってきた。頑丈で料理を乗せるのにちょうどいいと家族全員大喜びだったが、……そうか、あれはスキルなしで造られたものなのか」


 感動したようにフューラー町長が腕を組む。


「スキルなしでも、情熱を持つ者が努力を重ねれば町の看板とも成り得るものなのか」


「ええ。やりたくないことを強制させるより、やりたいことを頼む。どちらがやる気になれるかは言うまでもありませんし、命ずる側としてもどちらが気分がいいかは一目瞭然」


「なるほど……」


「怨まれるより感謝される方がよろしいな」


「……私は幼い頃、家具を作りたかった」


 トラトーレ商会長が遠い目をした。


「しかし、目覚めたスキルは「家具鑑定」。家具職人に弟子入りしようにも作るスキルなしではと断られ、独学で家具を作って自分のレベルの低さを思い知る日々。諦めて商売の道に入りました。……ここは違うのですな。スキルがなくとも弟子入りできるのですな」


「ええ」


 ぼくは微笑んだ。


「やる気さえあれば」



 一通り案内する合間に一人スピティに走らせて、六人分の着替えを持ってこさせる。湯処にあそこまで食いつくとは思わなかったから、入ってもらうしかないだろう。うん、グランディールの幸せの源の一つ、湯処をたっぷり堪能してもらわなきゃだろう。


 会議堂に一番近い湯処は、何となく高級と思われている。


 建物も何もかも同じなんだけど、会議堂にいる面子が泊りがけで話とか制作とかする時に気分転換に入りに行くので、町の主要メンバーが入ることが多いので、何となく入りづらい……らしい。気にせず入ってくれればいいのに。


 でも、いきなり一般町民と風呂に裸で風呂に入るというのは塀が高いだろうから、今の時間誰も居ない湯処に案内した。


「……いい湯だ」


 乾季なのでろくに風呂に入っていなかった六人を、まず流しで体をよく洗ってもらってから湯に入ってもらう。


 全員、うっとりとした顔。


 護衛も護衛の仕事を忘れて湯に浸かっている。


「夢の町だ……」


「全くだ」


 デレカート商会長が大きく頷く。


「商会がなければ、是非とも私をこの町に入れてくださいと頼んでいたところだ」


「商会ごと来たのもいますよ」


 ぼくはくすっと笑った。


「ファヤンス陶器商会のアイゲン・フェアムーゲンは、関係者全員の安全と引き換えに来ました。そして、グランディールで陶器商会を再立ち上げしましたね」


「ああ、展示会の総責任者」


「切れ者だと思いましたが、なるほどファヤンスのまとめ役でしたか。それならあの展示会の快適さも納得できる」


「ええ。良い方を入れられました」


「実を言えば、私も来たい」


「フューラー町長……」


「この水路天井だけでも、来たい理由になる」


 お湯で赤味を帯びたフューラー町長は、空を仰いだ。


 シエルの発想で、ほとんどの湯処は天井に特別なガラスが嵌め込んである。


 内側からは透明な普通のガラスだけど、外側からは壁や他の天井と同じに見えるという、町スキルが造った中でも一番有り得ないものだ。


 考えたシエルは、「昼は水路を、夜は星を眺めて入れば気分いいだろ」と当たり前のことを言ってたけど、その当たり前に当てはめるために当たり前じゃないものを発想するその力はとんでもないと思う。


「本当に、この水路天井の技術があれば学びたいですな」


 デレカートが空を見上げたまま呟く。


「しかし、これも家具と同じく町スキル……真似のできるようなものではないのでしょうな」


 トラトーレも無念そうに首を横に振る。陶器は取り入れたものだけど、家具は町の力で造っているので説明不可能。


 だけど。


「もしかしたら、もたらせるかもしれません」


 ぼくの一言に、六人の視線が一斉にこっちを向いた。


「なん、ですと?」


「この水路天井を、スピティにもたらせると?」


 フューラー町長が食いつく。


「やってみなければわかりませんが」


「可能性はあると?」


「ゼロではない、程度の可能性ではありますが」


「お願いしたい、クレー町長、是非とも我が町に水の恵みを!」


 ぼくの手を握り、押し頂き、フューラー町長が頼んできた。


「希望的な言い方をすればゼロではない、ですが、絶望的な言い方をすれば、ほとんど、無理」


「でも、構いません! ゼロではないというのなら! スピティにグランディールの技術を!」


 ……裸で湯に入ったままでカックンカックンされても困ります。

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