第432話・宥める手紙

「ぼくだって苦労してるのに~……」


 思わず机に突っ伏してそう呻くと、頭をぽんぽん叩かれた。


「グランディールの町民は、みんな町長がどれだけ頑張っているか知っているよ」


 アパルの優しい声。


「お前が真剣の町のことに取り組み、そして町民の幸せの為働いているのは誰が見ても分かる」


 サージュの静かな声が続いた。


「ミアストのようにならない、それがお前の最初の望みだったが、保証する。今はここがこの大陸で最高の町だ。エアヴァクセンなんか目じゃないくらいにな」


「だといいんだけど」


「お前には自信がないな」


 ぽろっとこぼした言葉に、サージュが言う。


「ま……根拠もなく自信満々の町長なんて町民の前ではいいかも知れんが実際に自分の上に立つ人間だと困るしな」


「常に自分を客観視しているのはいいことだと思うよ? そして自分に疑問を抱いていることも。生きるって言うのは自分への問いの積み重ねだからね」


「そんないいもんじゃないよ、ぼくは」


 突っ伏したまま答える。


「ぼくは常に誰かへの対抗意識で町を創ってたんだ……結果それが今までいい方に出続けただけで」


「いい方に出続けたならいいじゃないか」


「いつ悪い方に出るか分からないでしょ」


 それに、今ぼくが対抗意識を燃やしているのは、関係者以外には言えないけど、……光の精霊神だ。


 には色々酷い目に遭わされた。犬に変えられたり町長の座を奪われかけたり厄介で自殺紛いなお願いをされたり。


 正直、の裏をかけるならフォンセと手を組んでもいいし(正直とフォンセじゃフォンセの方が好感度高い)、と手を切れるなら町ごと飛んで大陸から逃げても構わないかと思っている。


 それはぼくの好き嫌いで、町民の幸せではないので、本当の本当に最後の手段にしたいけど。


 でも、ぼくが純粋に町民の為に頑張っているのではないのはぼく自身が分かっている。だからこそ、ぼくの考えがいつどうずれていくか分からない。それが怖い。いつミアストのような自分勝手な存在に成り下がってしまうか。それをぼくは恐れている。


 ……誰にも言えないけどねー。


「スラートキーに返事出さなきゃなんだけど、エキャル使いまくったからなあ……。しばらく休ませてあげないと」


「宣伝鳥じゃまずいか?」


「まずいね、エキャルは最高級の伝令鳥なんだ、最初にそれで送っておいて返事にランク落とした鳥だと侮られていると思われる。ここまで対抗心の現れた手紙の返事だとなおさらだ」


 エキャルじゃないとダメ……。でもエキャルフォーゲル往復したりスピティからスラートキーへの移動したり。最近エキャルは忙しかった……。


「フォーゲルから借りるか?」


 サージュ?


「それしかないかな」


 アパルも肩を竦める。


 何で?


「借りた鳥ってまずくない?」


「良くはないがランクを落としたり宣伝鳥を飛ばしたりするよりは余程心証がいい」


「何で?」


「そりゃあ、ランクを落とした鳥を送るより、こちらは貴方のことを高く見ていますから無理してでも高いランクの鳥で送ります、という意思表示になるからな」


「あ~……」


 なるほどそうか。高い伝令鳥は持ってないけどこんなのを送るほどにこちらそちらを高く評価していますよ、と言うことになるのか。


「じゃあ、フォーゲルに依頼の手紙と、スラートキーに送る手紙を書かないと」


「ごめんアパル。スラートキーへの手紙の内容考えてくんない?」


「? 自分で書かないのか?」


「ここまで喧嘩売ってるんじゃないかって手紙に返事を書くのは初めてなんだよ……」


 うん。これまでに出した手紙の相手、大体こっちより格上の町で、こっちに好意を持ってくれている町だった。だから返事も書きやすかったんだけど、ねえ……。


「分かった。草稿を作る」


 アパルがスラートキーへの手紙を作っている間に、ぼくはサージュの見守りの元フォーゲルの伝令鳥専門店を経営しているパサレへの手紙を書く。エキャルと言い宣伝鳥と言いお世話になっている所だから、いい鳥を貸してくれるだろう。


 アパルが少し唸りながらスラートキーへの丁寧な手紙を書き上げ、ぼくがそれを更に便箋にしたためて町長印を押す。


 しかし、本当にアパルは相手を宥めたりするのが上手いよなあ。書いていてこれを送られたら少しこそばゆくてちょっと嬉しいかもな、という文章。


 どれだけ喧嘩腰で手紙を送って来ても、この返事が来たら困っちゃうと言うか……。


「おし。これでフォーゲルからスラートキーに送ってもらおう」


 手紙に封をして、フォーゲル宛とスラートキー宛を別にして入れて、あとはパサレがいい伝令鳥を選んで送ってくれるのを祈るだけ。


 ぼくは鳥部屋に行く。


 ティーアが宣伝鳥の手入れをしていた。


「クレー」


「宣伝鳥を一羽、フォーゲルにお願いしたいんだけど」


「ああ」


 ティーアは調子のいい宣伝鳥を選び出してくれる。


 そこに二通の手紙を入れ、宣伝鳥に全てを託す。


 どうか……どうか大湯処設置間近のこの時期に、厄介事が増えませんように!

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