第433話・塩手紙
緋色の鳥が、大湯処デザインの大詰めに入っていたちょうどその時にデザイン室に入ってきた。
止まり木に留まっていたエキャルが羽根を広げて、知らない伝令鳥を威嚇する。
いつもは宣伝鳥が止まる止まり木に座ると、伝令鳥……恐らくはフォーゲルのパサレが貸してくれた伝令鳥は、しゅっと首を伸ばして二つの封筒を差し出した。
「ありがとう。お疲れさん」
止まり木の前にある餌皿と水皿に木の実と水を入れてやると、名前も知らない伝令鳥が嬉しそうに首を突っ込む。
その間にぼくはまずフォーゲルからの手紙を開ける。
パサレからの手紙では。
この鳥をお貸ししますので、スラートキーから帰ってきたら放してやってください、という短文。見れば分かる。エキャルと大差ない程美しい鳥だ。多分一番上等なのを貸してくれたんだろう。
そして、スラートキーからの手紙を開ける。
町長よりと言うことになっているけどほぼアパルが考えてくれた文面だ、一応自分でも確認したけどもう完璧。パーフェクトとしか言いようのないものだった。
だけど、相手がどう思うかは別物で。
万人を満足させる文章なんて有り得ない。
どんなに丁寧に相手のことを思って書いたとしても、どう思ってどう受け止めるかは相手次第。ついでに言えばその時の相手の事情とか都合とか時間とか余裕とか……本当に色々な要因で変わってくるものなので、アパルが丁寧に書いてくれた手紙でも相手が文面そのままに受け入れてくれるとは限らないのだ。
ぼくが書いた手紙でもないのに、心臓がうるさいや。
手紙を広げる。
前と同じ丁寧な文字。
……で、いつ訪れたらいいのかの確認になっていた。
うわ。
相手はかなり強力だ。
「どうした?」
「ん」
背後から駆けられた声に、振り返らず後ろ手で手紙をサージュに渡す。アパルも近付いてくる。
「これは……また」
「おや」
文面を一瞥して、後ろでブレイン二人が溜息をつく音が聞こえた。
「お前のあの文面でこんな塩手紙返せるヤツがいるとは思わなかったな」
「う~ん……こう来るとは」
カノム町長の文面は、彼女の意見も考えも思いも一切書いていなかった。
甘味に相応しい町かを確認するために手紙が届いた明後日お伺いする、と。
それだけ。
自分の意見は一切書かず、ただ自分の都合だけを告げてくる。
塩の塩。超塩。
もうそちらの意見は聞き入れませんよこっちは明後日行きますからねというだけの手紙、である。
御機嫌を損ねられたなら申し訳ありません当方はそちらと仲良くしたいのです何か事情や都合があるなら申し上げていただけないでしょうかとアパルが選んだ文字。まだまだ文章はあったけど、みんなみんなみーんな無視した手紙である。
てか、もしかして手紙読まれてない?
そう思ってしまうほどの冷ややかな文面。
「う~ん……とりあえず明後日来るんだな?」
「まあ、そうだろうね」
水と餌を取り終わった伝令鳥を、窓を開けて放してやりながらサージュに返事する。
「……町長が来るか代理が来るかは分からないけど、難しい相手だろうね」
手紙でのやり取りは無意味だと断言しているような手紙を書く相手と直で話をすることになる。
ああ胃が重い。
「エキャル~」
エキャルを呼ぶと、エキャルはまっしぐらに飛んできてぼくの頭の上に留まる。頭上のエキャルの撫で心地を存分に楽しむ。ああ少し落ち着く……。
「何がそんなに厄介なんだ?」
デザインを詰めながら、それまで黙っていたシエルが口を開いた。
「手紙なんて何とも思わないって書いてくる相手と直接話すなんて考えるだけで胃に来る」
「猫の湯行け」
「何かあると猫の湯勧めるのやめて。グランディールにはいろんな湯があるんだから」
「一押しは猫」
「お前だけな」
サージュがシエルの頭をピシ、と弾いた。
確かに、いつ言ってもハロー大歓迎してくれる猫ズは癒される。ただ……猫の匂いをつけて戻るとエキャルが怒るんだよなあ。鳥も匂いが分かるなんて思わなかった。いや鼻があるんだから嗅覚があるってのは分かってなきゃいけなかったんだけど。
「ん~……ストルッツォの色を豊富にした方がいいかなあ。子供向けは鮮やかな色がいいか淡い色がいいか」
頭を弾かれたことすら気付かずにデザインに戻るシエル。うん、集中しているから完成はもうすぐだろう。
「子供が泣かない程度にしてね」
「分かってる」
多分この返事も反射で返したものなんだろうな。シエルは紙をまき散らしながら考えている。
建物が大きくなればなるほどしっかりしたデザインを考えておかないと、創った時他の町民の考えとかが混ざって、小さい建物なら目立たない違和感が大きくなるってのは分かってる。実際縫製工場……服を勝手に出してくれる場所は、何だか変に悪目立ちしている。工場のような、服屋のような、布を作る場所のような、何か服に関する建物がごちゃ混ぜなのを無理やり合体させたような建物なんだよなあ。
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