第357話・黒い炎

 なんで? 悪口が愛? 一体どういうこと?


 『何故悪口が愛なのか、と聞いたワタシに、オルスさんはディーウェスの滅んだ理由を教えてくださいました。正しい歴史を知ってほしいからと。今まで数多あまたの学者や研究者がディーウェスの滅んだ理由を色々言っているけど、そのどれもが正しくないのだと。何故かと言うと、それはオヴォツの民に直接問わず、廃墟に勝手に入り込んでディーウェスの上っ面だけを撫でて納得した気になっているからだと。真実は知っている者にきちんと聞かなければ知れないようにされているのだと、そう仰っていました』


 確かに。知っている人に聞くのは大事なことだ。でも、目の前に滅んだ町があったら、周りに住んでる人に聞くより突撃しちゃうよな。普通。


 『聞いた私が耳を疑いましたから、町長にも信じては頂けないかもしれません。それはそれほどに思いも寄らない理由でした』


 便箋の次のページをめくる。


 『ディーウェスの滅んだ原因。それは、神を信じ過ぎたことなのだそうです』


 ?????


 ディーウェスが滅んだのは……神を信じ過ぎたから?


 ふと、もう一つの伝説の町を思い出す。


 空飛ぶ町、ペテスタイ。十代続いた町の神への感謝を伝えるために日没荒野を超えて町ごと巡礼に出て、大神殿に入ってはいけない時に許しなく入ったという罪で町を破壊され、住民全員肉体を奪われ半精霊に変えられて五百年間聖地で扱き使われた町。


 まさか、ディーウェスでも?


 ぼくは混乱する頭を落ち着かせるのにエキャルの喉元を撫でて深呼吸する。


 この混乱を落ち着かせるには、少なくとも手紙を最後まで読み切らなければならない。


 震える手を叱咤して、丁寧な文字を読む。


 『ディーウェス町民は信仰心の篤い民だったと言います。毎日神殿へ、神殿のない場所ならば大神殿があるという西に向かって拝礼し、食前食後に感謝を、すべてを与えてくれる神に感謝を。父から子へ、祖父から孫へ。感謝の念は継がれて行きました。それがよくなかったのだ、とオルスさんは仰っていました』


 嫌な予感がひしひしと。


 『ディーウェスの民は神が正しく与えてくれることに慣れ、神の思うままに動けば間違いはないと判断したようです。常に歴代の大神官や聖女の告げる神のお告げを固く守って生きていたようです。もちろん、おかしいという人もいたようですが、神のお告げという大きな力には反論できなかったようです。そして三百年の月日が経ちました』


 背中に冷たい汗が流れる。


 『ある日突然に、黒い炎が町を覆ったそうです』


 黒い……炎……?


 『黒い炎は渦を巻いて、町を舐めて行き、神を信じて必死に祈る民を巻き込んでいったと。誰一人逃すまいという勢いで。信心深いと呼ばれる人たちは皆、炎に巻かれて死んでしまったと言います。生き残ったのは祈ることなく助けを求めることなく自分で町から逃げた人だけ。白い石で作られたディーウェスの町並みは黒く焼け焦げ、神殿は崩れ落ちてしまいました。そして、黒い炎は、生き残った人たちに告げたと言います。これは、この町の愚かさから発したものだと。自分で生きていこうとしない、神に与えられたものを疑いなくもらい、それに甘えて生きてきた愚か者たちへの罰なのだと。もらうだけでなく、裏を疑え。言葉の裏には何があるかを考えない愚か者は生きていくに値しないと。それだけ言うと黒い炎は去って行きました。生き残った町民たちは、それを精霊神の怒りの姿だと思いました。精霊神からもらうことに疑わず、それを当たり前だと思ったディーウェスの愚かさからだと』


 まさか……。それって……。


 『生き残った民はオヴォツの町を作り、精霊神の黒い怒りを語り継ぐことを選びました。そして、他者の言葉をそのまま受け入れてはいけないと思いました。精霊神は言葉の裏に何があるかを考えない愚か者を嫌いましたから、すべての言葉をまずは疑えと。その言葉を自分で納得できるだけの材料が揃うまでは、疑い続け、問い続けろと。間違っていないのであれば謝ればいいし、間違っていたならば相手の為になるのだと。だから、オヴォツの民は、相手がその真実を……精霊神が自分を信じる人間を愚かだから滅ぼしたという、到底認められない真実を受け入れてくれる相手にだけ告げる、と決めたのだそうです』


 目が便箋に焦点を合わせるのを拒んでいるように思える。それを根性で合わせて読み続けた。


 『七十歳になるオヴォツの長老、ゲミューゼ・ベルドゥーラスさんにもお話を聞きに伺いました。ディーウェス崩壊の火事に立ち会った当事者です。もちろん最初は「オルスの言うことを疑いなく聞き入れて、騙されているとは思わないのか」と断られましたが、新しい町グランディールの為にも話を伺いたいのだと通い詰めて十日でようやくお話を聞かせていただきました。黒い炎は意思を持っているかのように人を追い回し、ゲミューゼさんも炎に巻かれたそうですが、火傷どころか熱すら感じなかったそうです。だからゲミューゼさんは間違いなく精霊神の具現した存在だと確信したと』


 黒い炎は……その本質は……。


 いや、聖地に伝わる神話でも、力を失い、ただ悪意をまき散らして漂うだけの存在になったはず……。


 はずなんだ、闇の精霊神は……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る