第356話・「実りの町」オヴォツ
『今、ワタシはディーウェスの子孫が暮らす町、「実りの町」オヴォツへ来ています』
丁寧に描かれた字には、迷いもためらいもない。
ああ、いい旅をしてるんだなあ。
別れ間際のスヴァーラさんの顔を思い出す。悲惨な境遇に置かれていたことなどおくびにも出さず、全てから解放されて新しい旅の始まりに目を輝かせていたあの女性の顔。
まだ、自分が精霊神の分霊なのだと知らなかった頃。でも町から離れられない状況を思い、好きな相手と好きな場所へ行ける自由を羨ましく思ったことも鮮やかに思い出せる。
グランディールを創ったこともその町長になったことにも後悔はしていない。でも、憧れることはある。何のしがらみもなく、見たいものを見るために世界を回る、そう言う存在に。
おっと、続きを読まなきゃ。
『グランディールの成人式の話は噂で聞きました。聖職者が三人もだなんてびっくり。オヴォツでも噂の種です。こう言うこともあるんですね』
いや、精霊神の陰謀だけどね。
『さて、今滞在させていただいているオヴォツについて感じる所があったので、この不思議な感覚をクレー町長にも感じていただきたく、初めてエキャル君を使わせてもらいました。ごめんなさい。でも、この感覚をどうしても共有していただきたくて。多分クレー町長なら分かってくれると思うのです』
お? なんだなんだ?
『オヴォツは五十年前に誕生した、「実りの町」と呼ばれるよう、豊かな実りに溢れた町です。ですが、町の人たちはいつもピリピリしています。グランディールの人たちが笑顔を交わし合っているのとは正反対。口喧嘩なんて
実りの町オヴォツ。確かBランク、南の町。ディーウェスの廃墟の近くで、実りを糧に廃墟を守りながら生きている人たちだったかと思う。豊かで使命もある、生きるにはちょっと息苦しいかもしれないけど誇りを持つ人たちが住んでいる町だと勝手に思っていた。
そんな町の人間が口論ばっかり? 笑顔もない? 何で?
『数日滞在するうちに、オヴォツの人たちは、思いやりに溢れていて仲間に優しく、余所者も決して差別しない素晴らしい人たちだと分かってきました。だけど、個人的な意見を言うと、罵声と言ってもいい反論が返ってくるのです。ワタシが最初に怒鳴られたのが、「エアヴァクセンの町長は良い町長ではなかった」と言った時でした』
ほほう?
『私が「あの町長は暴力で町を押さえつける。あそこから出られたのは最大の幸運だ」と言うと、私を泊めてくれて面倒を見てくれていた野菜農園主のオルス・ラカノンさんは激怒し、大声で怒鳴りました。「一町民の分際で町長の人格を
いや、それは町長が言うのはいいけれど、こっちから言わせれば一町民が分かった気になるなと言いたくなる。しかし、面倒を見ている相手にこんな暴言ぶっぱなすってとんでもない町だな、おい。
『散々怒鳴られて、ワタシが涙目でいるのに気付いたオルスさんは「済まなかった」と謝ってきました。「つい町民と話しているつもりで反論してしまった」と頭をこれ以上ないほど下げられました』
お? 謝る? オルスとかいう人、そこまで怒鳴っておいて謝るの?
それに、「町民と話しているつもりで反論」ってのは?
『よくよく話を聞いてみると、オヴォツの人たちは悪意があって怒鳴るのではないと分かりました。むしろ、町の由来と誇りの為に、相手の意見に反論し怒鳴り口論する、そう言う町なのだと分かりました』
????? 分からん。
『オヴォツはディーウェスから生まれた町。ディーウェスの歴史を繋ぐ町。オヴォツの人たちは、ディーウェスが滅んだ理由を語り伝えると共に同じ過ちを繰り返さない為にこそ、言葉の暴力と言ってもいい口論を繰り広げるというのが分かりました』
……そう言えば「富める強国」「くにを名乗れる町」ディーウェスがどんな理由で滅んだかは伝わってないな。ほんの五十年前の話なのに。
天変地異や神の怒りとも言われているけど、正確な理由はすくなくともぼくは知らない。サージュが調べれば出て来るかもしれないけど、今はスヴァーラさんの手紙を読もう。オヴォツに特殊な感覚を持ったというスヴァーラさんの見たものと意見と感想が知りたい。
『オヴォツの人たちが口論をするのは、決して相手が嫌いなわけでなく、間違っても相手を貶めたいわけでなく、相手を正し、守る為でした。その為の反論、その為の怒りだったのです』
?????? なんのこっちゃ?
『クレー町長が困っている顔が目に浮かびます。でもそうなんです。オヴォツの人たちの
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