第370話・友達
「……分かった。今夜、アナイナの夢を君と少しだけ繋げるから、ちょっと説明してやってくれ。でも、さすがにこれで分からなかったらぼくどうしようもないからね」
「ありがとうございます!」
ヴァチカは深々と頭を下げた。
チクンと、胸のどこかが痛む。
「いや、本当はぼくが気付いて、君に頼まなきゃいけないことだった。済まない」
「とんでもない! 町長はお忙しいんですから!」
ヴァチカは手をぶんぶん振る。
「むしろあたしがもうちょっと早く気付いて言わなきゃいけなかったんです! あの子、早とちりでおっちょこちょいなのに自覚がないから……! 自分の今やってることが正しいって思い込んじゃうから!」
「ヴァチカは悪くないよ」
ぼくは片手で顔を隠したまま続ける。
「妹を甘く見てた。厳しく接すればこっちの本気が分かると思ってた。……その裏で心配しているってことも分かってくれていると思ってた。しっかり言葉にして言ったとしても分からない奴だってことも忘れてた……。ヴァチカ、ありがとう。アナイナはいい友達を持った」
ヴァチカの顔が赤くなった。
「そ。んな。ただ、あたしは嬉しかったから」
ヴァチカは顔の赤を深くしながらごにょごにょと続ける。
「同じ年の女の子っていなかったし、女の子同士の遊びも知らなかったし。神様に祈るだけが毎日じゃないって、あの子、教えてくれたから。神様からちょっと遠ざかっちゃったかもしれないけど、それでも、楽しいとか、嬉しいとかが、神様から与えられるだけじゃなくて自分で見つけるものだって教えてくれたのがあの子だから」
「うん」
ぼくは顔から手を離して頷いた。多分、顔は笑っていると思う。
「ヴァチカも、遠慮なく言ってやってくれ。あいつは自由過ぎて困ってるんだ。自分を律することを知らない。多分、ぼくが言っても分からないだろうから、ヴァチカに頼む。あいつを、せめて表向きだけでもまともな聖女にしてやってくれ」
「分かりました。でもほどほどに」
ヴァチカがニッと笑う。
「あの子が自由でなくなったらあの子じゃなくなるもの。あの子からあの子らしさを奪っちゃいけない。だから、町長の思うような聖女にはなれないけど、アナイナのような聖女にはなれると思う」
「アナイナのような聖女ってワードが既に怖いんだけど……頼んだ。多分、ぼくの言うことは間違って入り込む耳になっていると思うから」
「はいっ!」
アナイナとは違う、親愛と敬意のお辞儀をして、ヴァチカは出て行った。
「今出て行ったのはヴァチカか?」
ティーアがエキャルと一緒に入ってきた。
結界の気配と聖職者の気配に気付いたんだろう、少し不思議そうな顔をしている。
「ティーア?」
「エキャルが最初に俺の所に来たんでな」
エキャルを広い肩に乗せて、ティーアはいつも伝令鳥が首につけている封筒を渡した。
「スヴァーラからの手紙」
「あ、ありがとう」
少しエキャルが姿を消してたのはそれか。
封筒から手紙を取り出して、読み始める。
『クレー町長』
相変わらずの丁寧な文字。
『お返事いただきました。やっぱり町長も奇妙だと思いますよね?』
スヴァーラさんから最初に届いた手紙に、精霊神のやったことにしては、違和感を感じると返事を送った。
もちろん精霊神が二柱いることは言ってない。精霊神は唯一神だとこの大陸は認識しているから。もう一柱いるなんて、しかもそっちの方は光の属性を全て抹消しようとしているなんて知られたらえらいこっちゃになるから、事情を話していないし話せないアパルとサージュに頼む時は「町長らしく書きたいから!」と言ったら何かスヴァーラさんに片恋してるのかと勘違いされたけど、書きたい内容を事実と矛盾せずに上手く誤魔化して書いた。そのことを話すとティーアは苦笑してたっけ。
で、返事の返事が返ってきた。
『なんだかオルスさんや長老様からオヴォツに留まれ、と言われてるけど、最初から一週間の約束なので、と、今はオヴォツを離れました。グランディールはスピティの近くにおられると聞いたので、そちらへ向かいます。オルニスもクレー町長に会いたがっているのを感じます。クレー町長は鳥に好かれるんですね。ちょっと最後はお話がずれましたが、近いうちにお会いできると信じて。スヴァーラ・アンドリーニアより』
何とか、オヴォツからは離れられたらしい。
スヴァーラさんがオヴォツで闇に染められるんじゃないのか、と言ったのはティーアだった。光に寄っていたのに闇の精霊神に染められた町オヴォツ。そこにスヴァーラさんが長居するのはまずいのでは……と言われて、やっとそれに気付いた。
で、手紙の返事に早めに町を出るように、と付け加えたけど、無事に町を出たらしい。良かった。
「スヴァーラさん、町を出たって」
「それは良かった」
ティーアもほっとした顔をした。
「ここで暗い方に勘付かれると話がもう三~四段階ややこしいことになる」
「うん、明るい方だけでも厄介なのに」
考えるだけでゾッとするよ。
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