第371話・心配
明るい方、暗い方というのは精霊神の呼称。光とか闇とか言ってたらなんか気付かれそうなので、ティーアと話すときは精霊神を明るい方、暗い方と呼んで誰かに聞かれても分からないように心がけてる。
なんせ、大陸の常識を百回ひっくり返してまだ足りないくらいの話。間違っても漏らすわけにはいかない。
ティーアの口の堅さは確かで、家族にも一切合切黙ってくれている。鳥の世話をしながら、ぼくの話し相手もしてくれている。助かってるけどティーアに負担をかけてるんじゃないかと不安で仕方ない。
でもティーアは笑って気にするなと言ってくれる。
いい人だ。本当にいい人だ。
ティーアがいなくて、その役を代わりに負ってくれる人がいなかったら、ぼくは一人で秘密を抱える重さで潰れていたかもしれない。
最初は一人で抱え込もうとしていたけど、ティーアがいてくれているおかげで潰れないで済んでいる。
笑って負担を一緒に背負ってくれているティーアには、本当に感謝しかない。
「で、アナイナは? まだ出てきてないのか?」
「昨日夢で、ヴァチカに忠告してもらった。ぼくは怒ってるんじゃなくて叱りたかったんだって」
「怒ると叱るは違うな、確かに」
「ここまでぼくが言ったのは初めてだから、嫌われたと思い込んだらしい。……嫌ったんなら叱りやしない、無視するよ」
「ああ。……お前やご両親は叱らなかったのか?」
「散々叱ったよ。でもあいつ、変に自信持ってたから」
ぼくは首を竦めた。
「自分が、この世の誰にも本気で怒られたり嫌われたりすることはないって」
「……甘やかしたか?」
「なんせ見た目は無邪気で可愛いので」
「……ああ、叱りにくいんだな」
「それでもぼくが怒れば二度としないって泣いて謝るんだけど」
「すぐ都合よく忘れる?」
「……よくわかるね」
「親を舐めるな」
さすが現在進行形で子育てしてる男。言葉に重みがある。
……ごめん。フレディ、二人の子供たち。
「今日は帰っていいよ」
罪悪感からそう言うと、ティーアはふんっと鼻を鳴らした。
「家族問題を心配してもらう
ぼくの周りの大人はなんでぼくの考えを読むのが上手いんだろう。
「お前が分かりやすいだけ」
……また読まれました。
「ちゃんと子供と嫁の相手もしてるから心配するな」
「……ならいいんだけど」
「少なくともサージュよりは会ってるし遊んでるし構ってる」
サージュの奥さんファーレはティーアの奥さんフレディと元スピティ盗賊だったシートスと三人で町長直属の特殊仕事、
三人は今頃スピーア君をビシバシ
『グランディールに住むのに罪を償わなければなりません! 何でも言ってください! 何でもします!』
と
考えていると、窓が叩かれた。
エキャルがここにいるのに、と思って窓を見ると、エキャルより劣るけどそれでも立派な緋色をした伝令鳥。
「オルドナンツ!」
西の町ポリーティアーで最後に残った財産である伝令鳥オルドナンツ。ポリーティアー町長代理のリジェネさんが最後の望みを託して助けを求める手紙を持たせた鳥は、今は神殿の伝令鳥として使われている。
「どうしたオルド」
ティーアが立ち上がって窓を開けて、オルドを招き入れた。
オルドがエキャルに遠慮する様にテーブルの上に立って、首を反らす。
「エキャル、怒るなよ?」
オルドの首から封筒を取ると、小さい紙に走り書き。
『アナイナ ドア開いた』
……はあ~。
アナイナに気付かれないよう、罠から目を逸らし感覚を外していた。
聖女が出てきたら連絡が来ると思って。
で、この走り書きは、ヴァチカ。多分大急ぎで書いてくれたんだろうな。
「ありがとうオルド。これからそっちへ向かうから戻っていいよ」
オルドは首をぐん、と伸ばして
「どうした?」
ぼくは小さな紙をティーアに渡した。
「なるほど、やっと反省したか」
「て言うか反省の方向性を直したんだろうね。頭が悪いわけじゃないから、式の前提が間違っているって教えられたら式の立て直しも早いしそこから考え直すのも早い」
「結局」
ティーアはニッと笑った。
「お前が一番アナイナを甘やかしてるな」
「……やめて、自覚はあるんだから」
ティーアは鳥部屋に戻り、ぼくはエキャルをお供に神殿へ。
お供って言っても頭の上に乗っけしてるだけなんだけどね。
で、通用路を通って神殿に行くと、神殿に
「……どうしたの?」
「どうしたのってお前……あ、町長!」
「うん町長。それで? どうしたの?」
「精霊神様のお叱りを受けていた聖女様が、お戻りになったんです!」
そうだね、聖女は神殿の大事な存在だものね。でもお叱りしてたのは明るい方じゃなくぼくだけどね!
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