第372話・泣いて叫んで反省して

 おんおんと感涙に咽ぶ西の民を避けて、神殿の横に回り込むと、壁がぱっくりと空いた。


 マーリチクがぼくに気付いて開けてくれたんだな。感謝感謝。


 中に入ると、案の定マーリチクと、あとラガッツォが待っていた。


「良かった、来てくれて。おれたちじゃ手に負えないところだった」


 度胸も肝も大きいラガッツォが、心底ほっとした顔をしている。


「どうしたんだ?」


「アナイナの部屋に扉が出たって知ってるよね」


「ヴァチカがオルドを送ってくれたから」


「うん。そうなんだけど」


 ラガッツォが苦笑いして歩き出した。


「出てこないんだ」


「出てこない?」


「部屋から出てこない」


「は?」


 アナイナが? じっとしていることがあれだけ苦手なアナイナが? 出歩くこと大好き閉じ込められたらキレるアナイナが、扉の開いた部屋から出てこない?


「ヴァチカが説得してるんだけど、もうびぃびぃ泣いて泣き止まない。なのになんか知らないけどアナイナが解放されたって話だけ流れて大騒ぎ。みんなが押し寄せて来るんでなんとか突撃される前に神殿の大扉閉じたんだけど」


「噂?」


 ヴァチカはオルドを飛ばしてまで真っ先にぼくに知らせてくれた。そして彼女ならアナイナとぼくを真っ先に会わせるだろうと思っていた。


 なのにぼくがつくより先に西の民が知っていた?


 確かに、おかしい。


「せいれ……町長、何か、変だよな」


 ラガッツォが太い眉の間にしわを寄せて呟く。


「ああ。……とにかくアナイナに会おう。扉が出たってことはちゃんと反省したってことだけど、まだ何か言いたいことがあるのかもしれない。ぼくへの文句とか、苦情とか……」


「そこはせめて謝罪とか後悔とかにしないとアナイナが可哀かわいそうです、町長」


 マーリチクに突っ込まれた!


「……うん、そうする」


 言われて気付く。アナイナにひどいこと言ってたわ。反省するのはぼくの方。


 目の前に、扉が現れた。


「ここが?」


「アナイナの部屋」


 アナイナを閉じ込めた時は、完全に扉を抹消していた。つまり物理的に出ることは出来なかった。それがあるんだから出られるのに。


「アナイナー? ヴァチカー?」


 マーリチクがノックして声をかける。


「町長が来てくれたよー」


 返事がないのでマーリチクが扉を開く。


「ひ~~~~~~~~~~~ん!」


 開けた途端、掠れた泣き声。


「ほら、アナイナ、お兄さん来てくれたよ? 泣くのいい加減やめなよ。ほら」


「あ~~~~~~~~~~~~!」


 宥めているヴァチカは、ぼくを見て、「こんな状態なの」とアイコンタクトを送ってきた。


「アナイナ」


「う~~~~~~~~~~~~!」


 もう泣いて泣いて止まらない。


 しょうがない。


 ぼくは許可を得ず部屋に入って、泣いているアナイナをヴァチカの胸から引っぺがして、ぐい、とぼくの胸にやった。


「~~~~~~~~~~~~~!」


「泣けばいい」


 ぼくと気付いて嗚咽おえつこらえようとしたアナイナに、そう声をかけた。


「もう好きなだけ泣いていいから。一晩だって二晩だって付き合うよ。ちゃんとお前は反省して後悔したんだから」


「わたし、わたし~~~~~~~!」


「うん」


「おにいちゃんの、いうこと、ぜんぜん、きいて、なかった~~~!」


「うん、そうだね」


「これ以上やっちゃいけないって思ったのに、誘われて、つい~~~~~~~~!」


「うん、そのは許されることじゃないね」


「ごめんなさい~~~~~~~~!」


 アナイナはぼくの胸に縋りついて泣いた。


「おにいぢゃ、ごめなざ~~~~~~~~~~!」


 お兄ちゃん、ごめんなさい、だろうね。


「はいはい、何でぼくがあれだけ言ったか、理解したね?」


「おにいぢゃん、ゆるじでぐれないって、だがら、ぞんなおにいぢゃん、いらないって思っで~~~~!」


「それで、意地張って、部屋の中に籠ったんだな?」


「ざいじょはぞうだっだの~! でも、おにいぢゃん、なんにも、意識、向げでぐれないがら、もうおにいぢゃん、わだじのごどぎらいになっだのがっでおもっで~! もうごっぢ、みでぐれないっでおもっで~~~!」


「そりゃあ、勘違いして反省しないアナイナは許さないよ」


 ぽんぽん、とアナイナの背中を叩く。


「でもアナイナはちゃんと勘違いって気付いたんだろう? そんなアナイナは許すよ」


「びえええええ~~~~~~~~~~!」


 大泣き。


「ごめんなざいごめんなざいごめんなざい~~~~~!」


 聖職者三人組の方を見ると、泣いてぼくに謝るアナイナに揃ってほっとした顔をしていたので、ぼくは三人に笑い返した。



 たっぷり四半刻泣いて、そのままアナイナは泣き寝入り。


 閉じたまぶたも赤いし鼻や口がべちゃべちゃなので、ヴァチカにハンカチを貰って丁寧に拭いてやる。


 エキャルがやっと頭の上に戻ってくる。


 エキャルは空気の読める鳥なのだ。自分がいちゃいけない時を理解しているのだ。


 たまに理解してても自分の意思を通してくることがあるけど。

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