第373話・聖職者に伝えるべきことを

「エキャル、付き合ってくれてありがとな」


 どう致しまして、とエキャルがぼくの髪を繕い始める。


「はー、アナイナ、全力で泣いたねえ」


 眠るアナイナの腫れぼったいまぶたを、ヴァチカが濡れた布で冷やしてくれている。


「これだけ泣いたのは生まれて初めてかも知れないな」


 アナイナの鼻が詰まっているせいか、寝息に、ぴー、と微かな音も混ざっている。


「にしても気になるな」


 ぽつっと呟いたぼくの言葉に敏感に反応したのはラガッツォだった。


「西の民が気付いたこと?」


「ああ」


 三人が顔を見合わせ、そして寄ってくる。


「三人にだけは言っておこうか。警戒してもらいたいから」


「警戒?」


「うん。あか……光の精霊神が伝えたんじゃないかもしれないってこと」


「精霊神様の存在を西の民が勘違いするはずが……」


「うん、それがね。精霊神には実は対の存在がいるんだ」


「対?」


「神話で、精霊神に刃向かい、牙を剥いて大陸から追い出され、悪意だけをまき散らしている闇ってあるだろ?」


「うん」


「あれね。ぼくたちが精霊神って呼んでる……正確には光の精霊神の対の存在である、闇の精霊神」


「はあ?」


 三人とも目を見開いて口を開けて、ポカンとした顔。


 そうだよね。そうなるよね。そして、その次は。


「闇の精霊神って「光と対ってことは等しい「なんでそんな存在が隠されて」」」


 来た来た。質問攻め。でも待ってね。


 ぼくはアナイナを指差して「しーっ」ともう片方の手で人差し指を口の前に立てた。


 あ、アナイナがいたんだった、と三人はすぐに収まる。


 マーリチクが立ち上がって。アナイナの部屋の開いている壁に扉を創った。


 多分、小部屋を創ったんだろう。


 三人がどれだけ騒いでも喚いても大丈夫な部屋を。


 ありがとう、と片手で礼をして、ぼくは扉を開ける。


 そこには、円テーブルと四人分の椅子、あとエキャル用に止まり木があった。


 ぼくが立ち上がると、エキャルが先にひとっ飛びで部屋に入って、ちゃあんと一番奥の止り木の後ろの席にとまった。


 ぼくも入って、一番奥、エキャルの前に座る。


 二人が入ってきて、ヴァチカがお茶とティーポットを揃えて席に着いた。


 扉が閉まる。


「で? 町長」


 真正面の席に座ったラガッツォが、ごん、とテーブルを叩く。


「精霊神様が対って、どういうことだ?」


「どう言うこともそう言うことも」


 ぼくは肩を竦めて両腕を開く。


「ぼくたちが精霊神と信じている存在は実は二柱いて、それが光の精霊神と闇の精霊神。人間を創るにあたって意見が合わず揉めたので光がほっぽり出した。それが大陸を侵略してくる闇の正体」


「?!」


「はあ?!」


「何だって?!」


 三人それぞれ驚きを表して。


「「「聞いたことない!!」」」


 綺麗にハモった。


「うん。聖地とペテスタイの人たち以外で知ってるのはぼくとアナイナとティーアだけだから、聞いたことなくて当然」


「ああ、でも、そうか」


 マーリチクが考え込む。


「精霊神様の創った大陸に闇が進出しているのも、魔獣や凶獣がうろちょろしてるのも、全部、闇の精霊神って存在が精霊神様と等しい存在だったから」


「そう。ていうかもともと明るいのと暗いのが揃って大陸を含む全部の「物」を創ったんだと」


「え、つまり大陸って」


「ていうか明るいのが一人で創ったって言い伝えられてるけど、聖地の人やご当人の話によれば、何にもない海に明るいのと暗いので力ぶつけ合って大陸や川や動植物を創ったんだとさ」


ご当人って」


「スピーア君に罰を与えて、グランディールを厄介の嵐に巻き込んだご当人。追加するなら明るい方」


 ぶっとラガッツォが噴き出し、マーリチクが突っ伏す。


「あれ? アナイナの罰は町長が与えたんじゃ……」


 ヴァチカ、ちょっとずれてる?


「スピーア君はあいつね。明るい方」


「明るい方?」


「しっかりはっきり言うと光の方の精霊神」


 光の精霊神や闇の精霊神って言っていると本人が突然出現しそうなので、ティーアとの話では「やんごとなき厄介者」「あのあれ」「明るい方」「暗い方」で喋っているので何かそれが当たり前のようになっていた。


「さすがに聖女誘拐未遂で普通の罰だと後々厄介だから直で罰を下したいって相談に来た」


「来るの……」


「まあ、町長は……精霊神様の一割だから……」


 これだけ語られても精霊神に様をつけるのを忘れない西の民すげー。


「色々あって、暗いご当人はこの大陸から明るい関係者を全部まとめて追い出そうとしています。どう思う?」


「追い出すって、大陸から追放、ってわけじゃないよな」


「むしろ抹消?」


「うん、抹消って言ったほうが正しいね」


「いくら精霊神様の対と言われても、精霊神様ご自身でもないのに追放します死になさいって言われても納得はできねーな」


 ラガッツォが眉間にしわ寄せて腕を組む。


「ちょっと、精霊神様ご自身でも死になさいって言われたら困るわよ」


「で、暗い方は当然ながら明るい方の一割のぼくに気付いたら何か仕掛けて来るかもしんないんで、暗い方の気配にも気を付けてくれって頼みたい。グランディールが明るいのと暗いのの内部闘争に巻き込まれるのは全力で避けたいから、全力でスルーする」


「でも大陸からひか……明るい属性が全部追い出されるんなら…………ん?」


 マーリチクがそこまで喋って口を閉ざす。

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