第374話・これまでどおり
マーリチクは言葉を切って、しばらく考え込んでいた。
「あ、れ?」
「どした?」
「僕たち、逃げる場所、なくない?」
さすがはマーリチク。いい所に気付いた。
「北、東、南の海への道は閉ざされた。西もこの間切り捨てた。海に逃げるどころか聖地にすら逃げ込めなくなったとしか」
「うん。そうなんだ」
「そうなんだって町長!」
「それってあたしたちヤバくない?!」
「ぼくたちはヤバくない」
「え?」
「だって、飛べるもん」
「あ」
「そうか」
途端に納得する二人。しかしマーリチクは深刻な顔をしたまま。
「だけど、もし今喋ったことが他の町に知られたとしたら?」
「あ」
「大陸から逃げるのに全部の人間がグランディールと……もし気付かれたらペテスタイに逃げ込んでくることになる」
「グランディール、乗員過剰で墜ちない?」
「明るい方に言わせりゃ、それを全部ひっくるめてぼくのスキルを考えたんだと。つまりぼくがいればグランディールが落っこちることはない」
「いや、大陸が吹っ飛んだら、もう降りる所ねーわけじゃん? せい……明るい御方が新しい大陸を創ってくれない限り、飛びっぱなしってことだろ? 町長がどうにかなったら、グランディール全員道連れじゃん」
うん、とマーリチクが同意の頷き。
「それはどうにかなるらしい。僕としてはその前……大陸が吹っ飛ぶ前に全部丸く収まってもらいたいけどね」
「おれたち……人間がやれることは、あんのか?」
「ほぼ、ないね」
首を竦めたぼく。
「明るいのと暗いのの全面戦争になりかけていて、両方とも人間をはるかに超えた力を持っている。明るいのの一割のぼくですら手出しできない。ましてや人間は……ってところ。出来ることは一つだけあるけどね」
「「「何?」」」
「自分がどっちの陣営に行くか」
聖職者に言うべきことじゃないけど、言っておかないと話が終わらない。
「これまで通り明るい方の厄介者の下にいるか、暗い方の厄介者の下につくか」
「それって」
「明るい方だったらこれまで通り。暗い方だったら多分大陸が崩壊しても暗い厄介者の庇護下で生きられる」
「……まあ、そうだろな。大神官のおれの言うこっちゃないけど」
頭を掻くラガッツォ。
「参考までに聞いておくけど、暗い方に着いたら何か変わるのか?」
「変わる、といいたいところだけど」
「けど?」
「う~ん、多分、住んでる人間的にはあんまり変わらない」
オヴォツの民は、暗い方についている。既に暗い方の庇護を受けている。けど。
「外から見ると不思議だなと思われるだろうけど、中の方ではそれが当たり前だから、自分たちが変わってるって思わない」
「つまり、周りは夜になりました、でもやってることは変わりません、暗くて不自由も感じません、いつもと同じです、って感じ?」
「うん」
「あ~……そりゃあ、暗い方に着く人間もいるなあ……」
「てかさ、町長、今、明るい方と暗い方、どっち有利なの?」
天を仰ぐぼく。
「力的には互角近いんじゃないかな。明るい方はぼくが削られてるし、暗い方は長いこと追放されてたし、明るい方を大陸から順調に削っているから、勝ち目があればすぐにでも攻め込みたいみたいだけど、まだ来てないってことは完全勝利する確信がないってことだろ。ただ、明るい方は既に諦めてる気配がある」
「諦めてるって」
「ぼくを切り離した時点で、大陸の明るい属性の存在を大陸から逃がすつもりだったからね。最終決戦でも時間を稼ぐくらいしかできないって言ってたし。そんな弱気じゃ勝てるもんも勝てないね」
「負ける気なのか」
「もうね、百パーではないけど十中八九負ける覚悟してるっぽい」
「そんな……」
「僕たちには、何もできない……?」
頷くぼくに、誰よりも精霊神を信じているはずの聖職者三人に、絶望としか言えない表情が浮かんでいた。
気持ちは分かる。
何かできることはないか。自分の仕える存在にそう尋ねて、何もないと言われれば、何のために自分が存在しているんだと思っちゃうよね。
ぼくの場合はその逆なんだけどさ。
ぼくは大きく息を吸い込んで、そして吐いた。
それが深呼吸だと気付いた三人が、真似をして大きく吸って吐く。
何度か繰り返し、肺に空気を入れて、少し落ち着く。
はーっと全員で息を吐き出して、そして顔を見合わせた。
「町長の意見聞きたい」
「どうぞ」
「町長はどうすんだ? これから、一体」
「変わらない」
ぼくは真剣に答えた。
「ぼくは町長だからね。町を整える。みんなが生きやすい町を創る。それは変わらない。何も変わらないよ。今までも。これからも」
三人がほっとした顔をした。
「? どした?」
「いやー」
ラガッツォが肩の力を抜いてる。
「良かった。町長がブレてなくて」
「うん。明るい方に着くか暗い方に着くかで迷ってるとか言われたらどうしたらいいか分からなかった」
「あたしたちも変わらない、町長」
ヴァチカが笑顔で言った。
「グランディールのみんなの為に、日々頑張る。みんなが心配しないように。変な情報で混乱しないように。そうするのが町長の望みなんだよね?」
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