第375話・奉仕活動

「……ああ」


 ぼくは笑った。


 上手く笑えた。


「変わらないよ、ぼくは」


 三人がほっとしたように笑う。


 そう、この三人だってグランディールの町民。ぼくが守らなきゃいけない存在。


 これ以上町民を不安にさせちゃいけない。


 ぼくにはもう、背負ってくれている人がいる。


 だから、これ以上増やしちゃいけない。


 ティーア一人に背負わせて、という人もいるだろう。


 でも、これ以上背負う人を増やさない、と決めたのはぼくだから。


 いい町長は町民に余計な負担をかけないものだ、とぼくは思っている。ぼくの抱えているは、町民に大きな負担をかけてしまう。


 僕の負担の上に町の安全が成り立っていると思われたら、町民に負担をかける。不安を与える。


 ティーアに話しただけでも、彼に相当の負担をかけてしまったと言うのに。


 彼もこれ以上知っている人を増やさないほうがいいという判断だった。正答と呼べるものがない問いを投げても相手が困るだけ。そして相手は答えを持っていない自分に責任を感じる。ぼくの個人的な問題で、答えを持っていないと。


 そんなことで悩まれてるのはぼくの本意じゃない。


 現実から目を逸らしてるわけじゃない。町民に秘密を作って騙すわけでもない。


 ただ、もう少し。


 もう少しだけでいい、みんなで過ごす、平和な時間が欲しい、と思う。



     ◇     ◇     ◇



「はい次ッ! 道の清掃!」


「はっ、はいっ!」


 外から聞こえる声に目を覚まして、窓を開ける。


「ん~、シートス?」


 欠伸してから見ると、ほうきを持ったシートスがこっちを向いた。


「ああ、おはようございます。町長!」


 シートス、笑顔で挨拶。


「何やってんの?」


「奉仕活動です」


 何人かの子供が道を掃いている。


 町を綺麗に、というのはぼくが町を進めていくうえで決めた、好きなことをやる、というのと双璧を成す町の方針。


 エアヴァクセンなんかはSSランクなのに、道端にゴミが放置されたりなんかして、ちょっとこ汚い感じがしていた。


 ゴミは落とさない。外に放置しない。汚したら掃除する!


 とは言っても掃除しきれない時もあるんで、未成年や老人が朝夕掃除の手伝いをしてくれている。


 でも、それにはちゃんと報酬を出してるんだけど。朝食とかお菓子とか。


 奉仕活動って?


 シートスが箒で指した先、子供の中で一人なんかデカい。


 ん?


「スピーア君?」


「はい」


 シートスは笑顔で頷く。


「素晴らしい町と思ったなら、その町がどうやって素晴らしくなっているかを知れ、と。そういう訳で、綺麗な町になっている理由として清掃活動をさせています」


 スピーア君、くたびれた様子で箒でちりを掃いている。


 周囲の子供たちは、ご褒美を期待してせっせせっせと箒を動かし、ごみ屑を拾っている。


 うん、もらえるかもらえないかの違いだな。


 まあスピーア君は罰則みたいなもんだから。石になった間飲まず食わず動けず喋れずで町民に「精霊神に逆らったからだ」なんて指差されても反論できなかったのに比べればこの罰則は楽だと思うんだよね。


「はい、たらたらしない! 周りの子を見なさい、もう掃き終わってるよ!」


「は、はい!」


 丸くなってた背中がシートスの一喝でピンと伸びる。


 なんせ盗賊団の中の紅一点だったけどその立場に留まることなく、家業をしながら盗賊たちの体調管理や食料配布などを引き受けてきた女傑だ。その喝は時々ぼくですらびくぅっとする迫力がある。


「性根を入れ直すまで観察していきますのでご安心を」


「うん、シートスたちに任せた」


 サージュの奥さんでシエルの次に物作りを担当しているファーレ。ティーアの奥さんで動物を懐かせるスキルを持ち、二人の子供を育てているフレディ。そしてシートスの三人で、グランディールの治安を守る三女傑。


 少なくとも、グランディールにこの三女傑に逆らえる人はいない。


 ペテスタイでも、食事指導や現代の一般常識などを教えているので、静かな尊敬を集めているらしい。


 そのシートスがしっかり面倒を見てくれると言うなら、間違いはないだろう。


「無理しない程度にね」


「反省させる程度に!」


 この分だと、しばらく奉仕活動という名の罰当番だな。まあ頑張れ。



「ほー。スピーアが」


 宣伝鳥の面倒を見ながら、ティーアが感心したように呟く。


 会議堂内鳥部屋。ここがぼくとティーアが存分に話をできる数少ない場所だ。


「うん。多分あの様子だと、しばらくは朝から晩まで三女傑の監視付き奉仕活動だと思う」


「……俺の嫁さん、何であそこまで強くなった?」


「それは」


「俺のせい、と言ったらどつくぞ?」


 すいません。そう言えばだいぶ前、似たようなこと言ってゴツンやられた気がする。


「で、聖職者には事情を話したわけか」


「ダメだって言う?」


「まさか。やんごとない暗い厄介者に気付けると言えば明るい厄介者の聖職者のあの三人くらいだろ」


 うん。闇の気配が察せるかもって理由で、あの三人に話すことを決めたんだ。


 グランディールにいらん手出しされたらたまったもんじゃないからな。


 ぼくは個人的には明るかろうが暗かろうがどっちでも構いやしない。町が平和に幸せに暮らせるならそれでいい。

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