第369話・前提からの間違い

 スピーア君は解決した。


 問題はもう一人だ。


 アナイナのヤツ、未だに出てくる気配がない!


 それ即ち、全く反省していないと言う証拠である。


 スピーア君は光の精霊神が施した罰なので、精霊神が許したって証拠か? 反省もしまくっただろうし。


 で。


 ぼくが閉ざした部屋のドアが開く気配がない。


 本当に後悔して反省したら扉は開くようになっているし、そのことは閉じ込めた際に伝えた。


 それでも出てこないって言うのは、意地になっているとか。


 とにかく、ここでぼくが折れるのは良くない。


 反省しないと開けないぞ、と宣言したんだから。


 自分のことでイライラもやもやしてるのに、何でアナイナのことまでイライラもやもやしなきゃならんのか。


 そこへやってきたのが、ヴァチカだった。



「アナイナに会わせてください」


 神殿から信者を引き連れてやってきて、会議堂でようやく信者なしの状態になれたヴァチカは、開口一番、そう言った。


「無理」


「町長!」


「これは何を言っても無理」


 ヴァチカとぼくだけなのを確認して、一応声が外に出ないように仕掛けをしてから(精霊神の力を使うのは嫌だけどこの場合仕方ない)、ぼくは座ったままヴァチカを見上げた。


「言ったろ? 反省したらすぐにでも出られるようになっているって。それが出てこないってことは、未だに反省ゼロってことだ。スピーア君だって反省したのに」


「多分、アナイナは」


 真剣な顔でヴァチカは言った。


「反省の方向がずれてるんだと思います」


「ずれてる?」


 うん、と大きく頷くヴァチカ。


「あの子、ここまで本気で町長に怒られたことがないから、何でそこまで機嫌を損ねちゃったかって考えてる可能性が大きいんです。自分がやったことがそこまで怒られるだなんて思ってもいなかった……そんな気がしてるんです」


 あそこまで説教したのに。


 アナイナに届くようにと懇切丁寧こんせつていねいに叱ったってのに、心に響くどころか触れてもいないってのか!


 我が妹ながらその無神経うらやましいよ。


 少し分けて。多分その無神経が今のぼくに必要。


 精霊神のでこっちはここしばらく胃の調子が悪い。特注のクイネの胃に優しい料理に救われている。何か思うと胃がキリキリしてくる。あ。また来そう。


 ぐったりしたぼくに気付いたのか、ヴァチカは不安げにこっちを見てくる。


「町長……精霊神様?」


「神殿の、内殿以外ではその呼び方アウトにしてね。今この部屋では大丈夫だけど。それで? ……話を続けるんなら」


 どうぞ、という前にヴァチカは口を開いた。


「アナイナ、多分、反省しろって言われて、一生懸命反省してる。でもそれが「お兄ちゃんにそこまで叱られた理由」じゃなくて「お兄ちゃんにそこまで嫌いになられた理由」だから、ズレが生じてるんだと思うんです。それがせいれ……失礼、町長の思う反省と違うから扉が開かない、んだと思うんです」


「あー……叱られた、じゃなくて、嫌われた?」


 アナイナがやらかしを反省してるんじゃなくぼくに嫌われたことを反省してるんなら、……そりゃ扉は開かんわな。


 にしても……ずれてるにも程がある!


「嫌われてるって……そこまで突っ走るか……」


「アナイナはアナイナなりに考えがあったんでしょう?」


「到底認められない考えだけどね」


「でも、これまで結局折れてくれたお兄ちゃんに今回閉じ込められて、何でお兄ちゃんはわたしの言うことを聞いてくれないんだろうって思って。そこで引き出されたのが、お兄ちゃんが自分のことを嫌いになった、って言う考えに到ったって思うんです」


 良ければ、理由を教えてください、と言われて、ぼくは溜息をついた。


「精霊神を信じていないって言うのは、少なくとも精霊神の聖女としては終わってるって分かるよね」


「はい」


「でも、この大陸から精霊神信仰を追い出してぼくを神様にしようなんて考えは、認められないと思うんだよね」


「それは……ええ、思います」


「こっちはそれどころじゃないってのに……」


「それどころ?」


「ああいい、それはこっちの都合だから。続けて」


「はい? はい。でも、アナイナにとってはそれは全部を解決するすごい考えだと思った……んでしょう? それを却下されたから。だからちょっと、絶望しちゃったんだと思うんですよね」


 絶望というのは「ちょっと」するものだったんだろうか。


 とにかく、アナイナの部屋の扉が開かない理由が分かった。


 反省がずれてれば、扉は開かないわな、そりゃ。


「……で?」


「アナイナにそのことを伝えなきゃ、あの子は一生部屋から出られません。だって、あの子、答えを解く式の前提から間違ってるんですから。もちろん町長が行く必要はありません。町長が行く……って言うか町長の意識が自分にあると分かると、多分あの子調子に乗るから。だから、あたしに伝えさせてほしいんです。今考えていることはずれてるって。直接会話できなくても、夢でも何でもいい、とにかくアナイナに伝えなきゃ、あの子永遠にあの部屋の中」


 ぼくは表情を読まれないように片手で顔を覆った。

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