第122話・面倒見させて

「で、では、あの、あのな」


 ティーアは強面に似合わないそわそわとした少女のような顔で、言葉を選んでいたけれど。


「そ、その、その」


「その?」


「今俺に任せられている家畜の世話は、確かに大事な仕事なんだが、俺以外にも出来る人間が大勢いる」


「うん、そうだね」


「だから、だから、俺一人が抜けても構わないと思うのだが、どうだろう」


「町を出たいの?」


「い、いや、いや、いや、そういうことじゃない! その……あの……、せ、宣伝鳥の世話を、俺に任せてくれないだろうか!」


 やっと自分の口から言ったな。


 ぼくはパサレを見る。


「どう?」


「そうですね。簡単に世話係の適性を見る方法はありますが」


 キラキラした目を向けられ、パサレは口元を抑えながら教えてくれた。


「乱暴な方法ですけど、宣伝鳥の前に頭を突き出すんですよ」


 そう言えば、エキャルはぼくの頭を羽繕はづくろいしてくれたな。


「突き出して?」


「突かれれば失格、何もされなければまあまあ、羽繕いされたら一発合格です」


くちばしの長い鳥の目の前に頭を突き出すって結構度胸要らない?」


「ですから、それが出来ればまず第一関門……宣伝鳥を世話する覚悟があるということです」


 ……ティーア、迷わず頭を突き出すんじゃない!


 二十羽の真ん中に頭を突き出しているよ。下手すれば連撃食らう可能性だってあるのによく慣れてもいない鳥の目の前に頭突き出せるな!


 二十羽の鳥はしばらく互いに視線を交わし合い、何か相談しているようなアイコンタクトを交わしていたけど。


 ゆっくりと二十羽が首を伸ばしてきた。


 軽くティーアの剛毛を引っ張ったり寝かせたりしている。


「あ。してる」


「していますね」


 二十羽が入れ代わり立ち代わりティーアの剛毛を羽繕いしている。


「すごいですね。系統が同じとは言え、ここまで全羽が懐くなんて滅多に在り得ません」


 ……うん、まあ、あのキラキラした「お世話させてください可愛がりますから」オーラに立ち向かえる鳥も少ないと思う。


「では、町長の名前と印を」


 ぼくは頷いて、書類に名前を書いて町の印を押す。


 アパレが約束の金を払い、これで無事に宣伝鳥の購入が済んだ。


「やっぱりこっちも三日ほど?」


「はい。宣伝鳥の扱い方はこちらの書物に全部書いてありますので、目を通して三日面倒を見てあげてください。宣伝鳥は本来群れで過ごすものですが、単独行動を始めるようになったら仕事につかえるようになったということです」


「あ、伝令鳥は単独?」


「はい。良く似た鳥ですが、犬と猫程度には違いがあります。伝令鳥が懐く人は少ないので、立派な町で町長が飼っていても世話係が頼まないと手紙を届けないということも多々あるようです。一方宣伝鳥は、精神的に安定しない限り群れから離れません。そして、離れて飛んで行ったとしても必ず群れの長の基へ帰ってきます。この場合の長は」


「契約者のぼく、あるいは世話係のティーアってことになる訳ね」


「はい」


 なるほど、エキャルの三日はぼくに懐くためだけど、宣伝鳥の三日は群れを構築し直して帰ってくる場所を確定する三日ってことだな。


「じゃあティーア、任す」


「はっは、はい!」


 くしゃみでもしそうな勢いで頷いたティーア。……ゴメン、奥さんと娘と息子がいる強面の四十男の顔に見えない。てか一番その強面に似合わない表情してることに気付いてる? 恋に恋する乙女の顔だよ。ぼくも恋なんかしたことないけどさ。


「名前は?」


「それは、群れのリーダーが個々を判別するために決めるものなので、戻ってから一羽ずつに名付けてやってください。大変でしょうけど見分けられるように」


「大丈夫です!」


 デカい。声。


「もう既に半数は区別ついてます!」


 え、マジか。


「これは風切り羽根が少し短い、これは頭の飾り羽が派手、これは……」


「いい、いい、言わなくていい」


 何かぼくの知らない世界に行ってしまっているティーアに、全員呆れた目を向けている。……うん、盗賊団の長が鳥二十羽にメロメロだもんな。その顔、奥さんのフレディや子供たちに見せるなよ。何処ぞの誰かに浮気してると思われるぞ。……相手が鳥だって言われたら奥さんショック……いやしないな……フレディ奥さんのスキルは「動物親睦」つまり動物を懐かせる。逆に奥さんが宣伝鳥に懐かれて嫉妬するってパターンがあるな……。


 ってなんで人の夫婦仲の心配してるのぼく。


 ああでも町長としては町民の心配するの当然なのかなあ。


「とりあえず、グランディールの方に、この子たちが入る鳥小屋は用意していただけましたよね?」


「はい。宣伝鳥用の鳥小屋を」


 パサレが口笛を吹くと、二十羽が地面に着地し、行進を始めた。その足には封入れではなく細い鎖でつながれ、その先をパサレが持っている。


「このまま荷馬車に入れて、馬車の中に繋ぎます。グランディールに到着しても、鳥小屋の中に入れるまでは鎖を外さないでくださいね」


「はいっ」


 元気いっぱい返事するティーア。何処の町の衛兵だ。

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