第8話・スキル学
「えっと。アパル、さん?」
綺麗に焼けた焼き魚の身を歯でむしり取りながら、アパルさんは「ん?」と言う顔をした。
「スキル学を、勉強してらっしゃったんですか?」
「んん? んん、まあ。「法律」なんてスキルのせいか、色々学ぶことが楽しくてね。盗賊に身を落としても勉学だけは捨てられなかった」
身を噛んで飲み込んでから、アパルさんは頷いた。そう言えば宴会前、洞窟から大量の本を家に移動させていた。どうやってあれだけの本を持って出られたのかちょっと不思議な気がする。
それはさておこう。今欲しい情報はそれじゃない。
「スキル学って、どんなことを勉強するんですか? 確か「スキル学におけるレベルか上限1の噂話を、昔、聞いたことがある」とか仰ってましたね。レベル上限が1の法則。それ以上上げる必要がないからの1なんだって……」
「ああ。スキル学の古い文献でそう言われている……。でも、多分、君の欲しい答えは、私が学んだスキル学にはないと思う」
目を丸くしたぼくに、ほろ酔い状態のアパルさんは苦笑した。
「スキル学は、スキルについて研究するものだけど、スキルで何ができるかの実験などではないんだ。伝説や伝承を集めて、どんなスキルがあってどんな風に役立ったか、過去のことを調べる学問なんだ」
「過去……」
ぼくは、スキル学はエアヴァクセンがやっているように、スキルの持ち主を集めてどんなことができるのか試す学問だと思っていた。だから、アパルさんの手を借りれば、この意味不明のスキルを理解できると思っていた。
だけど、違うらしい。
本来のスキル学は過去のデータを集めるものらしい。
「だから、君が君のスキルとレベルで何ができるか、と言う未来を予測することはできない。実践してみないことには」
「実践……」
アパルさんは器の酒を空けて、袖で口元を拭う。
「その実践については、まったくもって悔しいことにエアヴァクセンが世界一なんだよ。あの町長は町を富ませ、SSSランクになることを悲願としている。だからこそ、スキルの成長研究に金を注ぎこんでいるんだ」
……その町長に見限られたんだから、ぼくも相当なもんだろうなあ。
「少しでも分かること、ありますか?」
「そうだねえ……」
アパルさんは木の器を傾けながら唸る。
「スキルとは、この世界を創り上げる精霊が、気に入った人間に与えると伝承ではある。それと、傾向としてスキル名が具体的な能力を現しているほど上限レベルが高く、あやふやなほど上限レベルが低い。その代わり、具体的なほどできることは限られ、あやふやなほど何でもできるようになると。私の「法律」なんか、その決まりを守らせることしかできない。ただし決まりを守らせることに関しては強い」
「ぼくのスキルは「まちづくり」……あやふやだから上限レベルが低い? で、できる範囲が広い?」
「ここに上限レベル1の法則が来る。スキルレベル1上限の法則は、それ以上上昇する必要がないから、という説がある。上限レベルが低い者ほど強力な力を持っている、と言う話に繋がる。一体どういう意味なのか、と思っていたが」
「何か分かったんですか?」
「上限レベルが低い、と言うことは、それ以上あげたら世界の存亡に関わる、と言うこと……に繋がるらしい」
「世界の存亡?!」
「ああ。君のスキルを見て腑に落ちた。最初に使ったばかりでこれだけの力を発揮する……これ以上上昇するとSSS級を超える力を発揮するからこそのレベル1なんだろう。使い方に慣れてきたらどんな町を造れるか楽しみだ」
お酒のせいか、アパルさんは少し上機嫌。
「楽しみって」
「君のスキルは「まちづくり」。この世界で最大の町と言えば、三百年続いて五十年ほど前に壊滅した、唯一のSSSランク、最大人口三千人のディーウェスの町。スキル名をそのままの意で取れば、そんな町を造ることも出来るだろう」
「おお。豊かなるディーウェス、富める強国よ! 汝、豊かさゆえに滅びん」
シエルさんが詩人のように伝説の町ディーウェスを讃える一文を呟く。
いや、「富める強国」ディーウェスはぼくも知ってるよ? 知ってるけどさ、ぼくのスキルでそんな町が造れるわけないでしょ?
顔に出ていたのか、アナイナがぼくの鼻を強めに摘まむ。
「痛ッ」
「やってみなきゃわかんないでしょ?」
「いや、こればっかりは」
「夢は大きい方がいいの!」
まあ……アナイナの言葉にも一理あるけど……今は、夢を大きく持っていくより、この町が一晩明けても消えないことを祈るしかないんだよなあ。
ないんだよなああ!
◇ ◇ ◇
薄いお酒なのに全員酔っぱらってふらふらとそれぞれの家に戻り、ぼくとアナイナも家に戻って、アナイナがなんで一緒に寝てたのにベッド別々になってるのと文句を言うのをもうこっちは成人だから妹と一緒に寝られないと無理やりアナイナ用のベッドに押し込んで眠って。
次の朝、町は消えていなかった。
「よ……かった……!」
ぼくの心配が一つ消えて、思わずへたり込んでしまった。
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