第7話・炎の舞

 盗賊団の皆さんが感動と号泣と荷運びを終えたところで、ぼくとアナイナがいる家にやってきた。


 手に手に、焼けた魚だの炙った干し肉だの多分酒が入った壺だのを持っている。


「……えーと?」


「飲もう!」


「えーと」


 シエルさんの端的な言葉に悩んでしまったぼくに、ヒロント団長が笑いかけた。


「儂らだけの町を造ってくれたお礼と、儂らのこれからを祝って、宴会をしようと言う話になった。主役は君だ。来てくれるかな?」


「そ……」


「喜んで!」


 ぼくより先にアナイナが返事した。


「アナイナ……」


「こういう時はね、盛大にお祝いするのがいいの! みんなもそれを願ってるの! 何がどうあってもこの町を造ったお兄ちゃんがこの宴会の主役なの! お兄ちゃんがいないとお祝いにならないの!」


「そういうことだよ、クレーくん」


 ヒロント団長が大きく頷いた。


「何のお返しにもならんが、せめて感謝させてくれ。エアヴァクセンから出てきたばかりの君らの舌には合わんかも知れんが、今儂らにできる精一杯で感謝させておくれ」


「……じゃあ……うん、お邪魔じゃなければ……」


「おいおい、妹さんも言っただろう、君が主役だと」


 主役……ねえ。


 ぼくは結構地味な子供だった。エアヴァクセンでは同年代の子供を集めて一緒に教育するけど、その中でもかなり目立たない方にランクインしていた。集団行動で町の外へ見学に行った時に、ちょっと用足しに行った隙に忘れられてみんな帰ってしまって、両親が慌てて迎えに来たことがある。


 主役なんて、なったことない。


 でも……一応この宴会は、ぼくの「まちづくり」に感謝してってことなんだから、ぼくが主役になるのかなあ。


「行こ、お兄ちゃん!」


 アナイナが手を引っ張って、盗賊団の皆さんがぼくを担ぎ上げて、わっしょいわっしょいと町の広場へ向かった。



 宴会は、本当に素朴なものだった。


 町の広場に火を焚いて、そこで肉や魚を炙りながら食べる。食料を持たされなかったぼくには半日ぶりの食事で、「食獣」のマンジェさんが美味しくしてくれている。


 盗賊団……と言っても反エアヴァクセンを掲げたこの人たちは、話に聞く盗賊団と違って、移転者狙いでも旅をするのに必要な金と荷物は残すらしい。つまり、森の奥に金銀財宝を積み上げてさらってきた女を侍らせて……と町から離れて贅沢三昧、とは縁がない人たち。


 狩った野獣や釣った魚を干したり燻したりして保存して細々と食い繋いでいたって話。


 今回の宴会はそんな大事な保存食を大盤振る舞いしたらしい。


「……目が覚めたら夢だった、ってのが一番ありそうなオチだけどな」


 ヴァダーさんが呟く。うん、ぼくも、それありそうだと思ってた。


「大丈夫、それだったらこの宴会も夢だから」


 マンジェさんが自分のスキルで固くなった干し肉を柔らかくして炙ったものをぼくに渡しながら言う。


「次は、この町が目が覚めたら消えていたってオチ」


「ヴァダー、夢も希望もないこと言わないでくれ……」


 何かアパルさんが泣きそう。


「ん~、こういう時には何が必要かなあ」


 アナイナが唇に指を当てて考えて、パッと立ち上がった。


「みんな、手拍子!」


 盗賊団の皆さんが目を丸くする。


「わたしに合わせて、1,2,1,2!」


 手を叩き出したアナイナにつられて手拍子が起こる。


「お兄ちゃん、ちゃんと見ててね!」


 と言うと、アナイナは火の周りを廻るように踊り出した。


 旅用のコートの裾をさばいて、ステップを踏み、両手を空に掲げ、星空に祈るようなポーズを取ったと思ったら、身を屈めて、ジャンプして、くるりと回る。


 まるで炎の精霊のように。


 いつの間に踊りなんて覚えてたんだろう。


 ぼくと違って目立つアナイナだから、特別に教わっててもおかしくないんだけど。


 見上げた先、夜空には満天の星。


 エアヴァクセンはスキルの力で夜でも明るいから、こんな、「降るような星空」を見ることは一回もなかった。


 ……お父さんとお母さん、心配してないかな。


 ぼくが追放されて、アナイナが町出まちでして。


 今頃心配してるだろう。


 アナイナは町を出る許可すら取っていない。アナイナは目立つ存在で、だからこそ自分勝手な行動は成人した後のキズになる。


 町長が切れてないといいけど……。


「お兄ちゃん!」


 高いソプラノに顔をあげると、アナイナがニッコリ笑顔でこっちを見ていた。


「どう? どうだった?」


 盗賊団の口笛や拍手が飛ぶ。


「うん、良かったよ」


「もう! お兄ちゃん、見てなかった!」


 アナイナが口を尖らせる。アナイナは勘もいい。ぼくが上の空だったのに気付いてたんだろう。


「ちゃんと見ててって言ったのに!」


「ゴメン、ちょっと考え事してて……」


「もー! お兄ちゃんはわたしを見てないとダメなの!」


「そういうワガママも、来年には許されなくなるんだぞ」


 成人するから。


「いや、炎の精霊に捧げる見事な舞じゃったよ」


 ヒロント団長が拍手しながら言った。


「もしかしたら、妹君は炎関連のスキルの持ち主かも知れないね」


 アパルさんが感心したように呟く。


 あ、聞きたいことがあったんだった。

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