第410話・理想の完成形

「ふーっ」


 監視付きでシエルをデザイン室に残して、ぼくは町長私室へ行ってベッドに倒れ込んだ。


 テイヒゥルがベッドに右の前足を乗っけてこっちを見る。


「大丈夫だから、テイヒゥル」


 エキャルが頭の横に陣取って毛繕いを始める。


「ありがとねエキャル」


 動物が癒してくれる。ありがたい。


 本当はシエルにも癒されてもらいたかったんだけど……やらかすことが極端なんだよなあ。普通全裸で動物の前出るか? 急所も丸出しだぞ? もちろん猫湯の猫は爪も切られているけど、牙が丸められているわけでもないのでがぶってやられたらアウトなんである。


 いや……それすらも「本望!」とか言いそうだよな。シエルは。


 でもそんな「本望」でシエルが仕事出来なくなったら、すっごく困るんだよね、うちグランディールは。


 ぼくのスキルの代わりは他のスキルを搔き集めて代用できるけど、シエルのデザイン力や発想力を補えるスキルや能力の持ち主には未だに会えていない。三人どころかグランディールの人間全員寄ってもその足元にも及ばない。


 実は影の町長と言ってもいい重要人物なんである。


 本人に自覚一切ないけどね! 全裸で猫にまみれる不審人物だけどね!


 シエルに髪の毛を繕われながら、チラッとデスクの上を見る。


 手紙の山。


 各町長から送られた、「大湯処待ってます」レターだ。


 この町長たち、一度はグランディールの湯処に入ったことがある人たちでもある。


 湯処を一日いつでもどこでも使えることは、各町長が絶賛するところである。


 町スキルでお湯を、しかも常時循環されていて、いつでも綺麗な湯に浸かれるなんて、もんのすごく贅沢な話なのだ。しかも無料で! 町のあちこちにある全部の湯を!


 しかもこれまでは何処の湯も同じようなものだったのに、これからは違う! 違うのだ!


 どの湯も個性豊か、見た目から湯の質、コンセプト、デザイン、薬効まで。


 全部の湯が! 違う! 何もかも!


 全部の湯を楽しもうと思ったら泊まり込んで一日三か所の湯に入ったとしても一ヶ月かかるという、天国通り越して湯巡り地獄と言ってもいい町。それがこのグランディール!


 うん、売りは出来たな。どの町の近くへ行っても喜ばせる自信はある。いやぼくじゃなくてシエルのお手柄だけど。ついでに言えばまだ完成してないけど!


 大湯処が完成したら、みんなでお祝いしよう。お風呂にお酒は良くないから、美味しい食事を出して。そしてあちこちの湯で万歳しよう。どの湯処が好きな選手権ってのもありだな。町の人間があちこち湯の管理や入り比べて、人気のベストテンを発表してもいいかもしれない。


 あ~なんかテンション上がってる。町が上手く回ってるからかな。嬉しいよね。始めたことが上手く行ってる時って。


「エキャル、テイヒゥル」


「?」「ぐる?」


「ぼくねえ」


 ニッとぼくを慕ってくれる鳥と虎に笑いかける。


「嬉しいんだ」


 ベッドにゴロンゴロンしながら、言葉を続ける。


「湯処って最初何となく、スピティのみんなが体汚れてて家に入り辛いって言ったから作ったんだよね」


 エキャルもテイヒゥルも首を傾げる。しょうがない、エキャルもテイヒゥルもその頃はいなかったんだから。


 でも。


「その思い付きで作ったのが、町の売りになってさ。……もちろん、シエルって言う存在があってこそのものだし、アパルやサージュ、シートス、それから……ああもうグランディールみんなで! 全員で作ったんだけど! いやまだ完成してはいないんだけど!」


 ベッドに半身を起こして、ぼくは返事をしないけど聞いてくれている一羽と一頭に続ける。


「でも、なんか、これが「グランディール」って形が出来てきた気がする。みんなが楽しんで、喜んで、日々を過ごしてくれるような」


 もう一度ベッドに転がって。


「ああ~楽しいな~!」


 テイヒゥルがベッドの上に飛び乗って、ぼくの胸のあたりに頭をこすりつけてきた。エキャルはぼくの頭の傍で喜びのタップを踏んでいる。


「ミアストも馬鹿だよなー! 確かに大変かもしれないけどさ、こんっな楽しい仕事を、自分のちっぽけでささやかなプライドで捨てちゃって! 頑張ればこんな楽しいことになったのに! ミアストが元々その候補だったはずなのに! まったく!」


 …………。


 それっきり黙り込んだぼくを、一羽と一頭が心配そうに見てくる。


「んー? あ、あー、大丈夫。ヤなことからヤなことを連想しちゃっただけだから。でもそれは今は忘れる! みんなの楽しい町にしたくて、そしてそれが完成しようっていう時に、嫌なことは……うん、思い出したくない!」


 あの連中のことを思い出してしまったけれど、うん、忘れよう、うん。


 ぼくは町に集まってくれたみんなを楽しくしたくてグランディールを創ったんだし、その理想の一つが今完成形になろうとしている。


 それを誰にも邪魔されたくない!


「なー!」


 右手でエキャルを抱え、左手でテイヒゥルの首に手を回す。


 テイヒゥルはゴロゴロと喉を鳴らし、エキャルは楽しげに翼を動かす。


 そう。一羽と一頭が満足してくれるだけでも嬉しいんだ。


 多分、ぼくはみんなを喜ばせるためにいるんだから、さ。

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