第411話・不吉な来訪者

 エキャルとテイヒゥルと一緒にお昼寝。


 気持ちよく寝ていた僕を叩き起こしたのは……シエルでも、サージュやアパルでも、アナイナですらなかった。


 ぞくっとするこの気配……いや違う、気配じゃない……違和感? そうだ一番近いのは違和感か……なんだ?!


 飛び起きると一緒に寝ていたはずのテイヒゥルは床に飛び降りて身を低くして、背中の気を逆立てている。エキャルも全身の羽毛を膨らませて警戒している。


 コン、コン、とノックの音。


「町長」


 ティーアの声。


 彼の声がここまで不安をあおったことはなかった。


 いつも冷静に沈着に、そして沈黙で落ち着かせてくれた声が、今は緊張している。


「……ティーア?」


 少し間をおいて、ドアの向こうから。


「スヴァーラが、到着した」


 スヴァーラが。


 到着した。


 それは喜ばしいことだ。


 エキャルの友達、インコのオルニスの飼い主。ミアストに見捨てられて、身代わりでフォーゲルに送られたところを助けて、彼女が旅立つまで見送ったのはぼくだ。


 世界を旅して、したいことを見つけたい、と言っていた彼女が、最後に出向いた先は……。


 ぼくは、自分の顔から血の気が引くのを感じた。


「まさか……」


「開けてちょうだいよ」


 ドアの向こうから、笑い含みの女性の声。


「せっかく会いに来たんだから、さ。お話ししましょうよ。そこの獣たちも、ここにいる彼も入っていいわ。それ以外はさすがに入れるわけにはいかないけれどね」


 スヴァーラさんの声。だけど話すテンポは全然違う、妙に弾んでいる。言葉の使い方も違う。


 ああ畜生、こいつはだ。いつかは来るだろうと思っていたけれど、せめて大湯処が出来てからにしてくれればよかったのに。くそっ、スヴァーラさんが出向いた最後の地が「実りの町」オヴォツだったことにもっと早く気付いてれば……!


「……どうする?」


 ティーアの声が用心深く聞いてくる。


「お引き取り願っても……」


「いや、そういう訳にはいかないだろう」


 ぼくはエキャルとテイヒゥルの背を撫でながら言った。


 立ち上がろうとしたら、先にテイヒゥルが起き上がった。


 のそのそと歩いて、ドアノブに前脚を引っ掛け、器用にドアを開ける。


 そして、身を低くして、警戒のポーズを取った。


 ああ。ぼくを守るために、自分が開けに行ったんだな。


「ありがとう、テイヒゥル」


 ぼくも立ち上がる。


 エキャルが頭の上に乗る。


 ドアを開けて、まずティーアが入ってきた。


 その後ろから入って来たのは。


 姿も、気配も、そのまま、かつて別れた時のスヴァーラさんそのままで。


 だけど、オルニスがティーアの肩に……少しでもスヴァーラさんから離れようと反対側の肩に乗っていた。


 そして、ぼくとエキャルを見て、慌ててティーアの肩からぼくの肩、エキャルの近くに移動する。


 スヴァーラさんなら……普通のスヴァーラさんなら、オルニスがこんな反応をすることはない。


 ぼくは少し目を細めて、部屋に入ってくるスヴァーラさんを……スヴァーラさんの姿をしたを見ていた。


 にっこりと微笑む、


「いやねえ。こういう時は喜んで出迎えてちょうだいよ」


「喜んで出迎えられる相手なら」


 スヴァーラさんなのに、強烈に感じる違和感。


 スヴァーラさんじゃない……いやあるいはスヴァーラさんに憑いているから、目を逸らすことなくじっと見返す。


「私が来たのが気に入らない?」


「ああ。気に入らない」


「どこが?」


「せめて大湯処が完成して、その騒ぎが終わってからにしてくれればよかったのに」


 ぼくの本音。


「そもそもあんたとは顔も合わせたくなかったし、あんただってそうだろう?」


「そうね」


 来客用の椅子には微笑みながら座った。


「クレー」


 ティーアが小さく声をかけてくる。


「俺はどうすればいい?」


 いたほうがいいのか、でも、いないほうがいいのか、でもなく、どうすればいいのか、と。


 何の力もないけれど、望むようにするからと。


「ゴメン、迷惑かもしれないけど……いてくれないか」


「分かった」


 そう言ってティーアは後ろ手にドアを閉める。


 目の前でテイヒゥルが背中を膨らませている。


 頭の上で多分エキャルが羽毛を膨らませている。


 そして、ティーアは完全に警戒態勢での背を見ている。


 ここまで警戒態勢を取られて、それでもびくともしないのは、自分には何の意味もないと知っているからだ。


 人間や鳥、虎。それぞれ傷付ける方法も知っている存在にも、傷付けられることはないからと……傷付けられないからと知っているのだ。


 この場所で真に警戒するのはぼく……そう、このぼく一人しかいない、ぼくがその気にならなければ誰も自分を傷付けるどころかかすり傷一つ負わせることすらできないと了承しているからこその余裕。


 ぼくはゆっくりと、来客用の椅子……テーブルを挟んでの向かいにある椅子に座った。


「で? 何の用です」


 油断なく探るぼくの目を面白がるような視線。


「暗い厄介者……闇の……精霊神」

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