第412話・闇の精霊神

「くくっ、暗い厄介者、ですって」


 スヴァーラさんの顔をした闇の精霊神が笑う。


「明るい厄介者なら歓迎したの?」


「まさか。どっちもぼくには有難迷惑だ」


 くつくつと笑う闇。


「で? あなたは明るい方を怨んでるんだろう?」


「そうね。私を大陸から追放して勝手に大陸づくりを進めて、上手く行かなくなっているのに悪あがきしている対は憎いわね」


「なら、何でその一割であるぼくの所に?」


「あなたも明るい方を怨んでいるんでしょう?」


「ぼくが腹を立てているのはあんたら二柱、両方にだよ」


 おや? と闇が興味を引かれたかのような顔をする。


「正直、迷惑。あんたら二柱の争いに巻き込まれるのも、あんたの大陸ぶっ壊し計画も、光の頼み事も、何もかも」


「なかなかに辛辣ね、対の分霊は」


「辛辣にさせているのは何処の誰だよ?」


 くっくっくっく、と闇は笑う。


「そうね、対の分霊。貴方を苛立たせているのは間違いなく我々よね」


「分かってるならさっさと帰って。ぼくはこれから忙しい」


「あら、せっかく会いに来たのに」


「敵の分霊に会ってどうしようってのさ。一に戻られる前に滅ぼそうって?」


「いやねえ。そんなことするわけないじゃない。興味よ興味。純粋な興味」


 ぱたぱたと手を上下させる闇は、茶飲み話をしに来た友達としか思えない素振り。


 でも、ティーアもテイヒゥルもエキャルも警戒している。敵意を持っていない、存在しているだけでぼくたちをここまで竦み上がらせる闇の炎。


 闇の精霊神。


「堅物で、創造神の言うことが正しいって信じ切っていて、自分が一番偉いと思っていて、弱いところを見せるのが恥って思っているあの対の分霊として生まれながら、親であるあれに生まれて初めての激痛を与え、この町の奪取を諦めさせたばかりか、これから先に起こる事態に対抗するために、お願いを……そう、お願い……それを要請させるなんて、どんな存在かと思ってた。だから見に来た。悪い?」


「悪い。思いっきり、悪い」


 完全に物見遊山でやってきている闇に、ぼくは呆れかえるしかない。


「ぼくは観光資源じゃないんだ。さっさとスヴァーラさんに体を返して帰れ。大陸は間違いなくあんたと光が創ったんだろうが、この町はぼくが創ったぼくの町。誰にも手出しさせない。手出しするって言うんなら……例えどんな相手にでもぼくは噛みつくよ?」


 あんたにも等しく敵意を持っている……光と同じようにあんたを傷付けることも出来るのだと警告してやる。


「おお、怖い。でも、そうね。貴方が対に噛みついたところは遠くから見てた。とても楽しいことになったわね。あの忌々しいあいつが初めて感じた痛み。もう大陸の彼方から見ていて気が晴れたわ。楽しかった!」


「へーへー、そりゃどーも」


「純粋な光から分かたれたのに、心に闇を、憎悪を、殺意を持っている。人間として生まれたからなのか。私が大陸のあちこちにバラまいた闇の影響か。本当に貴方は規格外。私たちが創り上げた中でも最高に稀有な存在」


「お褒めいただいてどーも」


 面倒くさそうにはいはい言ってるけど、実はぼくはかなり緊張している。


 目の前の相手はグランディールやペテスタイを闇に染められる存在なのだ。


 その気になればぼくの妨害なんて屁とも思わないだろう。


 オヴォツのように闇の炎で焼いて、精霊神に疑いを持っている人間だけを残し、精霊神として町民の前に立って、自分の言うことこそが正しいのだと言えば。


 ……でも、そうはさせない。


 命を賭けてでも、グランディールを、ペテスタイを、守る!


「物騒なこと考えてない?」


「物騒なこと考えてるのはそっちだろ」


「嫌ねえ、人の言うことを信じなさいな。……ああ、人じゃないわね私は。なら、神の言うことを信じなさいな」


「……まあ、今のところは本当に観光だろうけどね」


「ええ。人間がこんなに嬉しそうにしている町なんて珍しいからね。神としては見ておきたいじゃない? 人間がどんな力で何を成してこんなに喜んでいるのか。神としては知りたいじゃない?」


 そしてちょっと不服そうに顔をしかめる。


「でも、結局は私の贈物ギフトがなければできなかった。それが残念」


「人間にスキルを与えたあんたがスキルを否定すんなよ」


「だって、あれは対への嫌がらせだもの」


「うん、知ってる」


 対の精霊神が動物に、植物に、精霊の力を送ったのに、人間に送ろうとしなかった光。それを不服としてスキルを与えた闇。


 与えた力を使ってここまでのことをやったのに、力を与えたことを悔やむなっつーの。


「……そうね、あなた達は持てる力を出してこの町を作った。それに関して私がどうこう言う権利なんてないわね」


「分かってるならお帰り下さい出口はあちら」


 ちょっと寂しそうに言った闇に、ぼくは棒読みでドアを指す。ドアの前にいたティーアが一歩引く。


「うん、そうね、決めた」


 ぱん、と闇が手を叩いた。

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