第409話・猫の湯に行きたい男

 大勢で一番風呂に行ってしまったので、二番風呂はほとんどシエル一人占めで、出てこないので様子を見に行ったらよりによって全裸で猫にまみれていたので「テイヒゥルの爪とぎにする」と脅して猫毛を落として引っ張り出した。素っ裸で猫と触れ合うなんて、マナー違反だろうが! さりげなくマナー改変してたな!


 と言うわけで、「裸で猫と触れ合わない!」これをマナーに付け加える。……てかいくら場所が湯でもこれは常識だろ!


 で、そのまま会議堂のデザイン室まで引っ張り込む。


「なんで……猫と裸のふれあいなんて……」


「しつこい!」


 どん、とシエルと椅子に座らせて、ばしん、と設計図を置いて、じとーっとシエルを見る。


「大湯処。提案したのはシエルだよね?」


「おう」


「各湯処の改築も提案したのはシエルだよね?」


「おう」


「じゃあ責任持って最後の仕事完遂させなきゃだね?」


「おう。その前に猫の湯を」


「大湯処が完成するまで猫の湯近寄り禁止!」


「えーっ」


「えーっ、じゃない!」


 シエルの前でテーブルを叩く。


「猫の湯は確かにシエルへの御褒美の意味もあるけれど、基本グランディールの建物は自宅以外は一部を除いて町民全員のものだからね?! 猫の湯はシエルが猫を独り占めする施設じゃないからね?! 明日からフレディが責任もって管理するから、一人で素っ裸で猫まみれ、なんて真似は出来ないからね!」


「うぇーっ。オレ泣くよ?!」


「泣け! 喚け! 言い出したのはシエルだからね!」


「ひでぇ……」


 ちなみに自宅以外の例外はたった二つ。会議堂の、ティーアの鳥部屋、シエルのデザイン室である。


 例外を持っているのになぜここで猫まで一人占めしようとするのか。


「大湯処の大まかな図は出来てるんだよね? あとは細かい所詰めるだけなんだよね? じゃあ完成させて! もう町は大湯処作る方面で動いてるんだから、シエルがサボるとみんな困るの!」


「いや、二・三日なくても」


「大湯処を制作することは各町に通達済みで、各町の町長たちがオープンを楽しみにしているの! モール町長も入って、各湯処の改装も知れ渡り、みんな期待大、もう待ったなしの状態。シエルが動かないと町が傾く可能性だってあるんだよ!」


 全力で突っ込んでやる。


「町が潰れたらシエルが悪いからね!」


「……はう」


「何がはうだ」


「いや「はい」と間違えた」


 提案しておいて、このやる気のなさよ。


「シエルのワガママで町が潰れたら、ぼく全力でシエルを怨むからね?! ぼくが怨むならエキャルやテイヒゥル、アナイナやヴァリエだって怨むんだからね!」


「全力でやらせていただきます」


 ぼく関係で怨みを買うと、ぼくの許可を得ずに動く一羽と一頭。そしてぼくの許可を得ずに勝手に大騒ぎを引き起こす二人。テイヒゥルまで出せばさすがに命の危険と思ったけど、前半一羽一頭より後半二人の方に脅威を感じたらしい。


 うん、アナイナとヴァリエ、ぼくに関係して思い込むともう一直線だからなあ。


 諦めて設計図に向かうシエル。


「その前に食事に」


「ヴァリエに運ばせる」


 ヴァリエの出前忘れたわけじゃないでしょ。


「その前に気分を変えに散歩に」


「テイヒゥルにお供させるから」


「え」


「何ならエキャルも追加で」


「え」


「ついでに聖女ファンがついて歩きにくいって言ってるアナイナも追加して」


「散歩行きません」


 諦めて椅子に座り直すシエル。


「でも……町長」


 シエルが「町長」呼びするのは不穏な気配がするぞ。


「こうやって見張ってる間にも町は動いているんであって」


「そうだね、で?」


「テイヒゥルはそもそも町長の護衛猫だからオレだけにつけておくのはまずいんであって」


「そうだね、で?」


「エキャルも伝令鳥だからオレ一人を見張るのに使うのは本来の使い方から見れば間違っているのであって」


「そうだね。で?」


「アナイナは聖女だからそもそもオレを怨んだりしちゃいけないんであって」


「そうだね。で?」


「ヴァリエがいなくなったら食堂の出前をやる人がいなくて」


「そうだね。でも、安心して?」


 ぼくはにっこり笑った。


 ちょうどそこで固いものがドアを叩く音。


「ああ、来た来た」


 何が? という顔をするシエルから目を離し、ドアを開ける。


 そこにいたのは、出迎えに行ってもらったエキャルと。


「またワガママ言ってるんですって?」


「シー……トス……」


「わたしの仕事は半分あなたを見張るようなものだしね?」


 シートスの、にっこりと微笑む顔が怖い。


「またワガママが過ぎたんでしょう? おいたする子にはお仕置きが必要ね?」


「く……」


「く?」


「クレー、勘弁! シートスにこれ以上見張られたら、オレ……ッ!」


「まじめに仕事してればシートスは何の文句も言わないよ? シートスに文句言われるってことは、仕事をサボろうとしている証拠ってことだからね?」


 しょんぼりするシエル。


「じゃあシートス、シエルを見張っててね? 特に猫の湯に近付けないように」


「分かってるわ。この人、理由つけて猫湯に行こうとするの目に見えているから」


「よし。じゃあテイヒゥル行くぞ」


「せめてテイヒゥルとシートス交換で……!」


「テイヒゥルがぼくの護衛猫って、シエル言ったよね?」


「…………」


 設計図に戻るシエルの姿を確認して、ぼくはテイヒゥルを連れて部屋を出た。

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