第521話・無事帰還

「御忠告、ありがとうございます」


 ぼくはフューラー町長、プレーテ大神官に深々と頭を下げた。


「一応報告は受けているのですが、具体的にはなかなか入ってこなくて……助かりました」


「いえ、こちらにも水路天井の恩と神殿の過干渉の詫びがあります。話程度でよければいつでも伝令鳥で飛ばせますよ。グランディールはスピティに水と涼しさと、素晴らしい家具を提供していただいているのですからね。それより、もうお帰りに?」


「ええ。お話を聞いても、早めにグランディールへ……出来るだけ早く帰ったほうがいいのでは、と思いまして」


「そうですな。ええ、そうです。お気を付けください。グランディールの喪失は大きなものになるでしょう、それを避けるためならば」


 ラガッツォとティーアとアレが立ち上がり、テイヒゥルが身を起こす。


「お気をつけて。馬車は大正門だいせいもんに回しました」


「御迷惑をおかけした。詫び状は書かせます故」


「ええ、では失礼を」



 フューラー町長やプレーテ大神官のお見送りを受けて、馬車はスピティを出る。


「なあ、クレー」


 アレが馬車の中で聞いてきた。


「何?」


「あれ本当なのか? 他の町がグランディールを狙ってるって」


「狙ってるよ」


 あっけらかんというと、アレが目を剥く。


「それってヤバイ状況じゃないか!」


「うん、しかもほとんどのグランディール町民が気付いてない」


 アレだって気付いてなかったろ? と聞くと、アレも渋い顔。


「……確かに」


「グランディールはいろいろ恵まれている。恵まれすぎている。グランディールになれなければグランディールを奪ってしまえ、というのは、別に普通に考えることだろ?」


「ことだろ? って」


「そう言うことを考えている人や町が結構大勢いて、そう言う町から派遣されたらしいも何人か見つかってる」


「って、おい!」


「今更、の一つや二つ驚かない」


 スピティからもフォーゲルからも派遣されてるしね。


「そう言う町から送られているは質が悪いんだけど」


 小さな町で、どんな町にも自然に入り込める有能なや、既に町に住みこんで、報酬と引き換えに情報を送っているに繋がりを持つ、あるいは雇えるところは少ない。


 よって、町民の中で役に立ちそうなスキルを持っている人間を送り込んでいる町は結構いる。


 そして、そう言うは、大抵見え見えの行動をしているわけだ。


 仕事もせずに会議堂の近くをうろついたり、何かいつ湯処に行っても偶然出くわしたって感じで寄ってきたりとか。


 大体は害はない。と言うか、害になり様がない。


 町上層部の情報に触れられないんだから。


 だからぼくから聞き出そうって話なんだろうけど、……うん、彼らは壊滅的にそう言う情報を聞き出すのが上手くない。てか、下手。にっこり笑って適当な害のない情報を流すと、それがそのまま母町に伝わっている感がひしひし。


 ただ、いくつかもっと深い行動をしている所があって、そんな所にぼくのが接触している。


 アレとラガッツォに説明すると、アレがん? という顔をした。


「クレーにもがいるの?」


「いるよ。ていうかいないのが不思議でしょ、Sランク町の長に」


「いや、クレーのイメージじゃないから……」


「まあ、ぼくのイメージではないよね」


 ガタガタ揺れる馬車に揺られて答える。


「だけど、町の情報をぼく個人でも手に入れられるようにしないと、後から事実聞いて「ええ?」って言っちゃって、この町長そんなことも知らなかったのかって落胆させることになるんだよ? イメージと違っても個人の情報網を作るしかない」


「アレ、びっくりしてるけど、おれにもいるぞ」


「うええええ?」


 ラガッツォの爆弾発言にアレの目が真ん丸だ。


「西の民はみんなおれのみたいなもの。知ったことはガンガン神殿へ流れてくる。ただ情報が偏ってるんで、町長とかに確認を取らないと正確な情報にはならない」


「はー……何か、町の深淵を知っちゃったような気がする」


「どの町も深淵があるよ」


 これまで出会ってきた町長の顔を思い浮かべてぼくは言った。


「その深淵を町民に見せるか見せないかだね」


 もちろん、見せるべきじゃない。


 町民にとって町長とは進むべき道をいつでも示してくれる一等星であってほしいものだから。


 見られちゃったら「うちの町長あんなでみっともない、恥ずかしい」と言われるの確定である。


「アレ」


 御者台からティーアが声をかけてきた。


「あ。はいはい。今回は後のこと考えなくていいんだよね」


 確認を取って、アレがスキル発動。


 「移動」。


 さっきまで街道を映していた馬車の窓の外は少し寒々しい森に変わる。


「ふ~……」


 そこへ、ばっさばっさと羽音。


 窓をつつく固い音。


「エキャル!」


 窓を開けるとエキャルが飛び込んで来た。顔面もふもふ。


「お帰り、町長」


 アパルがそこに立っていた。


「良く今ぼくが帰るって分かったね」


「連絡の返事を送ろうとしたら、エキャルがソワソワし始めたので」


 アパルが笑った。


「これは来たんだろうな、と。町長、とにかく無事な顔を町民に見せて、それから会議堂で今回の件について話し合い、でいいかい?」


「うん、段取りは任せる」


 ティーアが金の光を浮かばせる上昇門に馬車を移動させ、アパルも一緒に来て、こうしてぼくたちはグランディールへ無事の帰還を果たしたのだった。

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