第279話・託されたエキャル
鳥部屋に戻る。
エキャルラットが待っていた。
「エキャル、お前の言う通りだ」
深刻な顔でティーアは言った。
「あの
ひょい、と首を曲げるエキャル。
鳥の羽毛の入った袋。そんなものを秘密にする必要はない。町長が手触りのいいものに弱いのは良く知られている。エキャルを良く頭に乗せているのも、頭に乗ったエキャルの羽毛と重みが気持ちいいからだと本人が言った。
そのことを忘れた……?
いや、知らないのだ。今の町長は。
自分……クレー・マークンという人間が、ふわふわしたものが大好きなのだと言うことを、知らないのだ!
つまり、昨日と今日で、彼はどうにかなってしまった。
アパルにもサージュにも、アナイナにも気付かれないほど完璧に入れ替わっている……?
そんなことが出来るだろうか。
アパルとサージュは一番町長の傍に居る。アナイナは町長の妹だ。もし違和感があれば、即座にそれを指摘するだろう。
なのに、三人の誰もがそれを指摘しない。
つまり、それほどまでに普段の町長そのものなのだ。
どういう理由でだ……?
エキャルが気付いたのは恐らくは本能に近いスキル。スキルで飼い主の居場所を割り出し、スキルで飼い主の望む相手の所に手紙を運ぶ。その中でもトップクラスの価値を持つエキャルが、この町長は違うと判断した。
伝令鳥の不思議な習性を知っているティーアとしては、そのエキャルの気付きは見逃せない。
エキャルが違うというのなら、恐らくあの町長はクレー・マークンじゃない。
では、何者?
分からない。
ただ、一晩でどうやって入れ替わった?
町長がエキャルを連れ帰って食事もとらず寝た、という話は聞いている。その後は部屋から出てこなかったという。翌朝、つまり今朝アナイナが食事を持って行って一緒に食べたというのは確かだ。つまり夕少し前から朝まで。その間、何があった?
「エキャル」
ティーアはエキャルに声をかけた。
「ちょっと町長の部屋を見に行こうと思う。ついてくるか?」
エキャルは素早くティーアの頭に飛び乗った。
伝令鳥は結構大きいので腕や肩に乗せて歩くのは大変なのだ。伝令鳥と一緒に移動する普通の町の町長は、自分で飛んでついてもらうか、大きめの町だと鳥飼が何人かで止まり木を持って乗せたまま移動させる。
予想したより重くてちょっと首がミシミシいうが、早足で歩いて町長の寝室を目指す。
チラチラと辺りを見る。町長の頭の上ばかりにいるエキャルがなんで自分の頭の上に、と言われても説明が難しい。ただエキャルが文字通り乗り気だったので貸しただけ。
すぐに町長の部屋に辿り着いた。
コンコンコン、とノックする。
ドアの向こうからは何の返事もない。
当然だ、誰もいない時間なのだから。
ティーアはドアノブを回した。
何の手応えもなく開く。
いつもなら油断のし過ぎと怒るべきなんだろうが、今の町長は
そっと足音を殺して忍び込む。
エキャルが頭の上から離れて、ベッドに移る。
ティーアはドアを閉め、息を吐いて、それからエキャルを見た。
「何か、あるか?」
ベッドを我が物顔で荒らし回るエキャル。
爪に引っ掛けたシーツをエキャルが振り落とすと、ぱさっと何かが床に落ちた。
「これは」
ティーアは拾い上げる。
忘れるはずがない。これは、自分が町長に渡したものだ。
イライラする時なふわふわしたものをもしゃもしゃにすると落ち着くとエキャルをもしゃもしゃする代わりに持っておけ、と渡した小袋。
開いてみると、そこには緋色や桃色の羽根がたくさん入っていた。
おかしい。町長らしくない。
町長は一度気に入ったものを簡単に手放しはしない。昨日これを受け取った町長は、笑顔で袋に手を突っ込んでいた。かなりお気に入っていたはずなのだ。ここしばらく成人式からスタートした問題で顔色も少し悪くなり目の下に
それをベッドの中に入れたまま仕事に出て行った?
おかしい。
この袋のことをアパルやサージュに言わないばかりか、ベッドに置いていくとは。
……そう言えば。
町長は誰にも打ち明けられない厄介事を引き込んだ、と言っていた。自分限定なので人には言えない、だからティーアにも黙っていてくれ、と言った。
その厄介事に関係する、何か?
「…………」
ティーアは片手で髪の毛を掻きむしった。
「エキャル」
ふわ、とエキャルが羽根を膨らませる。
「町長の……クレーの居場所は、分かるか?」
人間で言うなら、眉間にしわを寄せたような、表情。
難しい、と言いたげな。
でも、出来ない、とは言ってない。
「遠いか?」
エキャルは首をS字にして考え込んでいる。
かなり離れている、とか? 一晩で?
でも、クレーの身に何かあったのは確かで、エキャルがそれに気づいているというのなら。
「
エキャルは頷いた。
「クレーがどんな場所にどんな姿でいるか分からない。でも、お前なら、町長がどうしてたって見つけられる。俺はそう信じている」
エキャルは深刻な表情で頷いた。
「手紙は書かない。何かあったら困るから。ただ、クレーの証拠である何かを持って帰ってくる。出来るか?」
エキャルの頷きを見て、ティーアは窓を開ける。
エキャルラットは空を飛んで行った。
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