第280話・猟師一家の朝

 朝が来た。


 結局、ここは何処かは分からない。


 ただ、朝が早い気がする。


 スピティ近くにいたグランディールより朝が早いってことは、あそこよりもっと東ってことか?


 とりあえずイコゲニア一家が、猟師の父パテルさん、奥さんのマトカさん、八歳の娘ツェラちゃんと五歳の息子フィウ君の四人で構成された、町に住まない家族だと言うことは分かった。


 町民ではないと言うことは、町の援助がないってこと。そんな状況で家族を養い、犬まで面倒を見てくれるってことはパテルさんが相当腕のいい猟師ってことだ。狩りだけでなく、捌く方も。


「ペルロ」


 子犬一匹とは言え、食べさせるにはそれなりに食費がかかる。奥さんはそれを知っていて最初ぼくを飼うのを嫌がった。でもパテルさんは、子犬一匹くらいの獲物は増やして捕ってくると言って、ぼくの面倒を見てくれることが決まった。


「ペルロ?」


 カツカツの生活だろうに、本当に申し訳ない。何としてでも元に戻って、お礼を言わなければ……。


「ペルロ」


  もふっ。


 頭の上にもふる感覚……いや違う、もふもふしてるのはぼくの頭だ。


 そうだ、ぼくの名前はペルロってことになってたんだった!


「おふっ」


 そのまま見上げると。マトカさんが苦笑していた。


「やっぱりあんたには別の名前があるのね」


 くしゃくしゃもふもふとぼくの頭を撫でて、マトカさんは少し寂しそうな顔をする。


「野良でこの大きさで母犬が傍に居ないはずがないし、見た目も野良犬っぽくない。しかも人噛み蛇を噛み殺すような仔犬ってまずいないし」


 ぼくの前にしゃがみこんで、マトカさんはぼくの目線に合わせて声をかける。


「でも、もうちょっとだけはいてちょうだいね。ツェラとフィウが寂しがるから」


「おふっ」


 尻尾が揺れる。


 すぐ帰りたいんだけど、ぼくを助けてくれた二人の子供も気になるし、拾ってくれた一家に不義理な真似もしたくない。


 ……とりあえず今は動きようがないし、何か情報が入るまではこの一家の役に立ちたいと思う。


 マトカさんは体を起こして、すたすたと子供たちを起こしに行った。


「おうペルロ! おはような!」


 ぼふぼふとぼくの背中を叩いて(ぼくのお腹が床にくっついた)、パテルさんは「おう! 行って来るぜ!」と部屋の奥に声をかけた。


「あああ、まってまってえ」


「おとーさん! おとーさん!」


 飛び起きた子供が駆け寄ってきてパテルさんに抱きつく。


「行ってらっしゃい! 気を付けてね!」


「おとーさん、行ってらっしゃい!」


 パテルさんは笑顔で手を振って、猟に行った。


「ほら、ご飯を食べましょう。まず顔を洗ってらっしゃい」


「「はーい!」」


 二人は外の小川に駆けていき、その間にマトカさんはぼくにパンと干し肉と水をくれた。


 でも一応待つ。


 キャッキャッと二人が戻ってくる。


「ほら、ペルロも待ってくれているわよ」


「わーい! おはよう、ペルロ!」


「おはよー、ペルロ!」


「わふっ」


「じゃあ、精霊神様に感謝していただきましょう」


「「はーい!」」


 三人とぼくの食事が始まった。


「ペルロ、おいしい? おいしい?」


 尻尾を見ていただきたい。


「大丈夫よ。ほら、尻尾振ってるでしょ?」


「うん」


「あれは犬の嬉しいとか楽しいって気持ちなの」


「そうなんだ!」


 フィウ君が笑顔になって、自分もパンを食べながら言う。


「ペルロ、おいしいねー!」


「食べ終わってからにしなさい」


 マトカさんにあっさり言われて、椅子から飛び降りようとしていたフィウ君がしょんぼりする。


「ちゃんと噛んで食べる」


 大急ぎで食べ終わろうと口の中に突っ込み始めたツェラちゃんにも冷静なツッコミ。


 言われた通りちゃんとよく噛んで食べて、手を洗ってから、ご飯を食べ終えたぼくの所に二人が寄ってくる。


「ペルロ! ペルロ!」


「ペルロ~」


 うん、だよね。犬って子供のオモチャだよね。ぼくがここでご飯を受け取るのはこの二人の相手をすることだから、ここから逃げるのは契約違反だよね。


 でもすっごくもしゃくしゃされる!


 仔犬の毛皮は寒さに耐えるためにふわふわなのだ。触り心地はとってもいい。いいんだけど! ゴメン、それ以上されるとぼくの力で元には戻せないから!


「ほら、ペルロがくしゃくしゃになっちゃうでしょ。その程度にしときなさい」


 マトカさんが古めかしいブラシを持ってきた。


「毛玉になると大変でしょう?」


 くっしゃくしゃにされた胸や背中を、マトカさんがぼろぼろのブラシで丁寧にほぐしてくれる。


「けだま?」


「こんなふかふかの毛皮をくしゃくしゃにすると、絡まって玉になるの。犬は体が引っ張られて痛いし、動きにくくなる。二人だってペルロの痛い顔なんて見たくないでしょ?」


「「ない!」」


 はい揃って「ない」いただきましたー。


「さ、そろそろプラムの季節だわ。採ってきて。たくさん取れたらジャムにしましょう」


「はーい!」


 手を挙げたのはフィウ君だけ。ツェラちゃんが少し不安そうな顔。


「おかあさんは、一緒に来ないの?」


「ペルロがいるでしょ?」


 おっと。護衛の役目を振られた。でもいいの? 人噛み蛇が出る森でしょ?


「この辺で一番厄介な人噛み蛇を狩れるなら、あなたたちだけでも大丈夫でしょ。でも、ペルロから離れちゃダメよ?」


「「はーい!」」


 今度は元気のいい返事が返ってきた。

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