第72話・人ごっそり

 会議堂の高い階からは、壮観な光景が見えた。


 町のあちこちから集まる、人の群れ。


 「町を出て別の町に出たい人間は今すぐ出てこい」と言う通達に、出て来る人間は半端なかった。


 町の半分は覚悟してたけど、少なくとも百人はいるなこれ。


 ぞろぞろずらずらとやってくる人間が、一斉に消えるということを、町の役人や上層部は理解してない。


 何故なら、陶土とそれから作った陶器を見せたからだ。


 ポトリーが「自分の手でも今のファヤンストップクラスの陶器が作れる」と保証しただけあって、陶土はそりゃもうすんばらしいもので、それから作った見本に、町の上層部は呆然として見とれた。


 だから、この人の波を見てはいない。


 重さを量る計算官が、出荷する陶器の重さを量る装置で一気に五人ずつくらい計算していく。


 もう人の確認すらできない。家畜連れの人もいるけど、面倒だから家畜ごと量っていく。


「人の名簿は後程こちらからお知らせするということで……?」


「え、ええ」


 陶土を撫でながら頷くデスポタ。


「出て行く人間が多いのでは……」


「構わん! 出て行く人間が多ければそれだけこの陶土を手に入れられるのだ、どう考えても人間が出て行ったほうが得だろう! 残った連中にこの土で陶器を作らせれば、あっという間にB……いや、Aランクだ!」


「そ、そうですな」


 更に面倒になって荷物ごと量っている。


 その中にポルティアを見つけて、ぼくは頷きかける。


 ポルティアの横で深く帽子を被っているのがクイネだろう。よく見ると指先に土や色がこびりついている人も多い。陶器職人の人たちだろう。


 ファヤンス側が「町を出たい奴は全員出て行け」と言い出すのは簡単に予想がついた。宣伝鳥を送った結果、町を出たいと思っている人が予想以上に多いことも分かっていた。今朝、その人たちに出る機会があるかもとも通達はしてあった。


 だから、町を出たい町民は出る可能性があると予測できていたのだ。


 だから、計量の大渋滞は目に見えていた。


 ファヤンス側の担当官も出て行くのを見張っているはずが、子連れの女性とアイコンタクトしていた。家族だなあれは。


「後で私も計算に入れてください」


 ぼそっと言って来た。


 役人までこれだからなあ。本当にごっそり持ってけるなあ。


 中には肉屋とか家畜売買とかもいて、自分の商品も持ってきたいと家畜を連れてきたりしているので、町総出の引っ越しっぽい。面倒だから計量に入れるけどね!


 そして、リューとアレが連れてきたのは。


 おどおどとした、ヴァダーくらいの年齢の人。


「……連れ出せた?」


 ぼそっと聞くと、アレがぼそっと返す。


「苦労したけど」


 多分彼がピェツ。


 恐らく町どころか家からも滅多に出されていないとの判断から、この状態でも逃げだすのは難しいかと思い、リューとアレを救出に送った。


 リューとアレが苦労したって言うなら、過去何度か逃げだそうとして失敗して、見張りが厳しくなったんだろう。


「警戒は続けて」


 アレが頷き、リューと一緒にピェツを隠すように歩いていく。担当官もチラッと見たけどスルーした。本当に自分も逃げたいんだなあ。


「計算が終わりました」


 計算官が数を全部数えて足して、ぼくに差し出す。


「少し少なめに数えたので……」


「あなたもですね、行ってください」


 担当官も計算官も行ってしまって、結構膨大な数。


 まあ、陶土はいくらでも再生するから問題はない。


「では、これだけの荷を明朝までに町広場にお届けいたします」


 上機嫌のデスポタと上層部を置いて、ぼくたちは会議堂を出た。



     ◇     ◇     ◇



 翌朝。


 町の広場に、陶土の山が出来ていた。


 巨大な巨大な山は、夜のうちに運んでこられたんだろう。


 デスポタは上機嫌で陶器職人の家に行って……。


 そこががら空きなのに気付いた。


 走って、走って、走り回って、ほとんど人がいなくなったのを知り、陶土の山に戻って、その場にあるグランディールからの封書を見つけた。


 そして知った。


 百人を超える町民が、ファヤンスを見限ったことを。


 その中にはクイネやピェツを代表とした陶器制作メンバーがいることも。


 誰も扱わない陶土の山の前で、デスポタは絶叫した。



     ◇     ◇     ◇



 計百三十二人。その中にポルティアとアレとリューが混ざってたから、正確には百二十九人。


 それだけの数がファヤンスを捨てたことになる。


 行く先はグランディールと言う新しい町だということは告げてあったけれど、グランディールがどんな町かは知らない。それでも出たいということだったんだろうけど。


 全員を連れてファヤンスが見えなくなる辺りまで歩かせると、契約書を取り出した。


「ここで、町民契約を結ぼう」


 ぼくは大声を張り上げた。


「グランディールはスキルには囚われない。スキルと違うことがしたいというのならそれをやってもらえばいい。ついでと言っては何だけど掃除とか畑仕事とかを手伝ってくれれば嬉しい。町民の条件は、町民になりたいという意思と、グランディールについて詳しいことを話さないこと。あとは水路の保全と他の町民ともめ事を起こさないこと。それが嫌だと言うならファヤンスに戻ってもらってもいいし、他の町に行ってもいい」


 それだけ……? とか、裏がある……? とか、ぼそぼそとした会話が聞こえる。


「うん、それだけ。入ってから文句があるなら出て行ってくれても構わないけど、町について詳しいことは話さないという条件は飲んでもらう」

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