第73話・何をしてもいい町

「家とかは出来るまで待つ場所は?」


「あー、家は出来てる」


「出来てる?」


「ていうか出来る。町スキルで」


 町スキルがそういうものなのなら、と人々は納得する。


 ぼくは空を見上げて手をかざした。


 空は曇っていて薄暗いけど、それが更に暗くなり、巨大な……巨大な物体が浮いている。


「まさか……」


「そう、あれが、グランディールだ」


「空飛ぶ町?!」


「落ちないの?!」


「落ちない」


 ぼくはまっすぐにファヤンスの町民たちを見る。


「もちろん、不安なら戻ってもらっても構わない。グランディールが空飛ぶ町と言うことさえ明かさなければ、ファヤンスに戻るなり別の町に行くなりしてくれて構わない」


 ざわざわと囁き合う声で空気が揺れる。


「とりあえず、何が何でもファヤンスに戻りたくないという人から、署名と押印をしてくれ」


 ポルティアの横で帽子をかぶっていたクイネが、帽子をグイと脱いで前に出る。


 クイネだ……あいつも町を出たのか……と言う声が鼓膜を微細に震わせる。


「食堂の親父をやらせてくれるというのは本当か?」


「ああ」


 ぼくは大きく頷く。


「信じられないというんなら町の印で契約書を結ぼうか」


「本気か?」


「本気だよ。そもそもポルティアがあなたの話をしなかったら、ぼくたちもここまで派手なことはやらなかった」


 クイネはぼくを睨みつけるように見てくる。


 視線をそらさず、ぼくも真っ直ぐ見返す。


「契約書を」


 ぼくはサージュから受けとった、前もって町長の名と印を記した契約書をクイネに渡す。


 クイネは食い入るように契約書を睨んで、ぼくに視線を移した。


「絵付けはやれと言われてもやらないぞ」


「うん。全然かまわない。やりたいことをやりたい人がやる、がグランディールの流儀。スキルに合ったことをやっても、趣味でやっても全く全然かまわない」


「おかしな町長だ」


 ふぅ、とクイネは息を吐く。


「9000レベルのスキルと合わないことをやってもいいとは……まあそれは自分も望むところ。ありがたくやらせてもらう」


 クイネはサインを書き、自分の印を押してぼくに返す。


「ぼ、僕も、いいですか」


 恐る恐る前に出てきたのが、ヴァダーやぼくなんかと同年代の成人。


「ピェツ・バーケです……何がやれるのかわからないけど、何でもやってみます……何とか役に立つから、だから、ファヤンスに戻さないで……」


 これが噂の「窯師」か。ひどく怯えている。ファヤンス上層部はこの金の卵を産む鶏をどんな目に合わせてきたのやら。


 こっちは金の卵が目的じゃないから構わないけど。


「何でもやってみればいい。スキル以外のことも。そのうち、自分のやりたいことが見つかるだろうし」


 ピェツはペコペコと頭を下げて、さっきクイネが書き込んだ名前と印の隣に自分の名前と印を記す。


 つられるように、人が前に出て、ぼく、サージュ、アパルの前に行列を作って、名前と印を記していった。


 記した後は、リューとポルティアとアレが手分けして、ぼくの真後ろにある光印……上昇門に案内していく。


 光に覆われて姿が消える。最初、クイネが一度入って、慌てて戻ってきたっけ。


「こんな町、いいのか?! 本当に?! A……いやS……いやいやSS……」


「うん。多分食堂も出来てるだろうから、そこで働く人とかは自分で探してね」


 大興奮でクイネがまた門に入っていったのを見て、希望者の入るスピードが一気に早まった。


 ……戻れなかったらとか、どんな場所に行くのか、とか、不安だもんなあ。クイネが一回往復してくれたおかげで、安心感が出たんだと思う。


 そして、最後に担当官さんと計算官さんも入って、全員がグランディールに入った。


「よし、戻るか」


 紙の束を持って、ぼくらも上昇門に入った。



 そして、グランディールは。


 めっちゃ。


 めっちゃ。


 めっちゃ、広がっていた!


 そりゃそうだろ、町民の数に合わせて広がる町、百人強の人間が一気に入れば広がるだろ。


 と、理屈ではわかっていても、現実に見るとやっぱすごいわ。それまでほとんど広場とも言えない場所だった会議堂前広場が、立派な噴水の立つ巨大な広場になっていた。


 遠くに見える畑も牧草地も広がっている。そう言えば肉屋とか家畜売買の人も商品持ってきてたっけ。畑する人もいるみたいだし。ありがたやありがたや。


 自分の理想の家を見つけて恐る恐るドアを開けて、中も理想通りで感動する人もいるし、広まってあちこちに増えた湯処に特攻していく人もいる。上空から町を覆うように広がる水路に絶句する人もいた。百人百様。文字通りな!


 子供は早速牧草地で家畜をよけながらの追いかけっこ。増えた家畜小屋にそれぞれ家畜が割り当てられ、もっそもっそと草を食んでいる。


「増えたなあ」


「増えたねえ」


 久しぶりにアナイナと散歩しながら、感想を漏らし合う。


「ファヤンスの人に怨まれない?」


「怨んでも怨み先がない」


 そう。まさか空を飛んでいるとは誰も思わないだろうし、ファヤンスからの追手を警戒して離れた場所に移動したので、人手がなくなったあの町がここを探し当てる術はほぼない。


「ま、お兄ちゃんの話を聞く限り人がいなくなったのは自分のせいだから、表だって文句は言えないからね」


「陶土を扱える人間がいないとどれだけ宝の山があっても意味がないってことを忘れた町長デスポタが悪い」

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