第71話・駆け引きの裏側

「ほほぅ、これはお若い」


 グランディール町長として訪問したぼくを見て、開口一番彼はそう言った。


「ええ、よく言われます」


 ぼくは町長の仮面をつけて微笑む。


「しかし、出来たばかり、ランクもついていない町で、スピティのトラトーレとデレカート二大商会と取引されているとは」


「町民のおかげです」


「なるほど、町長に忠実な町民がいるということですか」


「ええ」


 忠実な町民。


 町に住む人のことをどう思っているのか。


 苦虫を千匹は噛み潰したいところだけど、町長の仮面は優秀で、そんなぼくの内心を見事に覆い隠している。


「うらやましい限りで」


「おや、デスポタ町長はそうではないと?」


 ファヤンス現町長、デスポタ・ティランノは、ぼくを尊重するようで見下しているのが見え見えの態度で言う。


「そうなんですよ、お若いクレー町長にはまだお分かりにはなりませんでしょうが」


「町長の先輩であるデスポタ町長をそこまで悩ませる町民がいるとは」


「町民ではなく、町民たち、ですよ」


 デスポタ町長は苦笑い。その顔をしたいのぼくなんですけど。


「教育し直してやらなければ」


「教育、ですか」


「そう。町のために役立つという意識を植え付けてやらねば」


「なるほど。そういう方法があるんですね」


 感心した声で言うと、デスポタはにっこりと醜悪に微笑んだ。


「ええ、いずれクレー町長も必要になるかも知れない」


 ぼくは心の中で拳をぐっと握りしめながら、穏やかに頷いた。



     ◇     ◇     ◇



 工房で一人絵付をしていたクイネは、微かな音に気付いて顔をあげた。


 微かに……叩く音。ノック?


 絵付け中は誰も来るなと町長ですら寄せ付けるなと言いおいてあるのに。


 嫌な仕事を無理やりやらされている不快感をその相手にぶつけてやろうと、クイネはドアを開けた。


 ……ん?


「おま……!」


「シッ」


 ドアの隙間から滑り込んで後ろ手に閉めた男は、すぐにクイネの口に掌を当てた。


 真剣な目で、無言のジェスチャーをする。


 ……ポルティア!


(なぜ……お前が、ここに)


 ポルティアは鍵がかかったのを確認して、工房の真ん中まで来ると、そこでようやく口を押える手を離した。


「助けに来たぞ」


「本気で……? 食堂の親父として?」


「ああ」


 だけど、この町は町長の方針で出入りが厳しい。そんな中にどう入って来たかは知らないが、それ以上に出るのは……。


「大丈夫」


 ポルティアは低い声で言った。


「町長が今デスポタと取引してる。上手く行けば……この町の半分以上は町を出られることになる」


町長デスポタと……取引?」


 ポルティアは小さく頷く。


「詳しいことは言えない。ただ、荷造りだけしといてくれ」



     ◇     ◇     ◇



「なるほどなるほど」


 ぼくは何度も頷いた。


「デスポタ町長の好意を受けとめない町民もいるのですね」


「ああ、悲しいことにな」


「どうでしょう、その町民を、私にお任せしてみませんか?」


「クレー町長に?」


「ダメでしょうか?」


 ぼくは小首を傾げる。


「クレー町長に渡すには、彼らは躾がなっておらず……」


「町に不要と判断した人間なのでしょう?」


 ぼくはニッコリ笑顔で続けた。


「ファヤンスにいたくないと不平不満しか言わない人間なら、我が町で矯正して下働きをさせますよ。不平の元がなくなるのだから文句は言わせません」


「なるほど……確かに今不平不満を言っている人間たちはファヤンスにとっては不要な者たち。それを引き取ってやるのだから文句を言うな、と言うことですな。しかし……」


 デスポタは難しい顔をした。


「言うことを聞かないとはいえ一応町民、引き渡すには……」


「サージュ」


 ぼくはサージュを呼んだ。


 サージュが布に包んだものを差し出した。


「ん?」


「こちらでいかがでしょうか?」


 差し出したのは……陶土。


「む」


 デスポタが陶土を睨む。


 例え陶器に関するスキルがなくても、陶器の町の町長。陶土の良し悪しは分かるはず。この陶土はもちろん、ポトリーに頼まれて作った陶土。町スキルで作ったものだからトップクラス。そして無料。


 デスポタは陶土の鑑定師を呼び、それが素晴らしい最上級の陶土であると確認して、こっちを見た。


「この陶土は、何処で」


「我が町の敷地内で採れるものです。生憎と我が町には陶器を作る者は一人か二人で、宝の持ち腐れですし、町民を引き取ろうというのですからこれくらいの物は用意いたしますよ。そうですね……引き取った人間の重さぶんの陶土を引き渡す。これでいかがでしょう?」


「ほほう……」


 デスポタの目の色が変わった。引き渡した人間と同じ重さの最上級陶土は、同じ重さの黄金より価値が高い。それで作った陶器はもっと高いものになる可能性が大きい。


 Bランクになるためにより良い陶器を作りたいデスポタが、その事実を見逃すはずがない。


「そうですな。そうであるなら」


 デスポタは嬉しそうに笑う。


「そちらの町の下働きをする者を集めて、引き渡しましょうかな」


「それはありがたい。いつ頃に?」


「すぐにでも」


「重さはどう量りますかな」


「こちらで量りますが……担当の人を置いておきますか?」


「ええ、一人置いておきましょうかな。無論、軽く見せかけて陶土を減らすようなせこい真似はしないと信じておりますが」


 はっはっは、陶土はあげるよ。たっくさんね。


「では、町に言って、居たくない者、出たい者を集めてください」


「もうですか?」


「早いほうがいいでしょう。考える時間を与えると、残るために隠れる者が出て来るやもしれませんから」


「確かに。ではすぐにでも」


 デスポタが嬉しそうに部屋を出て行き、残ったぼく、アパル、サージュの三人は、チラリと視線を交わして笑みを浮かべた。

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