第70話・不穏な町

「ピェツって聞いたことないな」


 ポトリーはレベルが低いとはいえ「陶器作り」のスキル持ちで陶器を作るのも好き。なのに知らない?


「クイネは知ってるのか?」


「そりゃ知ってるよ。本人は知らないけど、実物の飾り皿を見たことが一回だけある。そりゃあ素晴らしい絵付けをするんだ。クイネ・コシネーロの名がついているってだけで値段が十倍にも百倍にも跳ね上がる。贋作も多いけど、本物を見たことがある人間なら一発で贋作って見分けるほど印象的な……、そう、胸を打つ絵付けだ」


「シエルとデザイナーとしてどっちが上だ?」


「芸術家だな。方向性が違うから比較はできない。シエルは実用性を兼ね備えるが、クイネは芸術だ。触れてはいけないものだとすら思わせる」


「ほお」


「でも本人がやりたいのは料理なんだなあ」


「ああ。自分の知らないところに渡ってそこで褒められるより、目の前で食べてもらって美味しいって言ってもらえる方が好きだと言い切っていた」


「精霊とか神様とか言うのは理不尽だなあ……」


 ポトリーが溜息をついた。


「そのレベルの半分でもいい、おれにあればなあ……」


「多分彼も同じことを思っているよ。貴方の半分ほど陶器への情熱があれば、とね」


 本当世の中ままならない。


「でもピェツって言う窯師は聞いたことないな。まだ若いのか?」


「十七歳らしい」


「若いな。二年前に発覚して、ファヤンスが厳重に隠してるってところか」


「多分このメッセージからして、成人してから町を出たことが一度もない可能性があるな。助けてほしい、そのメッセージが詰まってる」


「十七歳の若人をどんな扱いしてるんだ、ファヤンスは」


「どっちにしても、ファヤンスには町を出たい町民が大勢いるのは確かだね」


 五十通の手紙、大きく「はい」と書かれた紙を見る。


「ああ。だけど、それが分かったからってどうなるんだ?」


「もらうんだよ」


「へ?」


 先に話を通していたアパルやサージュは平然としていたけど、それ以外の町民はぽかんと口を開けていた。


「もらうって……町をか?」


「町って言うか町民ね」


 ニッと笑うぼくに、正気かと言う顔を見せる皆々様。


 大丈夫。正気です。


「ファヤンスを出たい町民がいて、新しい町民が欲しいぼくらがいる。反対すするのはファヤンスって「町」だけだ」


「いやそりゃ詭弁きべんだろ」


「うん分かってる。でも、今の状況で町民を手に入れるには、ファヤンスからいただくしかない」


「いただく?」


「うん、そりゃあもうごっそりと」


 ごっそり、のところで物をすくう仕草をしたら、サージュが眉をひそめた。


「お前……」


「ファヤンスから出たいって人がこれだけいるってことは、ファヤンスに問題があるってことなんじゃない? もしかしたら、今の町長への不満を持っている可能性だってある。そこを突いてやれば」


「町民をごっそりいただける、ってわけか?」


 うん、と頷いたぼくに、ポルティアは頭が痛いような動作をした。


「……頼んだのは俺だけどな……」


「Dランクになった原因を見失って、似たようなことを繰り返そうとしているおバカな町長には容赦はいらないと思うよ?」


「うわ、町長、怖ッ」


「今の笑顔、凶悪」


「でもその意見賛成」


「さんせー」


 会議堂に居る面々が同意してくれる。


「じゃあ、鐘鳴らして。作戦会議だ」



     ◇     ◇     ◇



 翌日、ファヤンスの町。


 クイネは、胸騒ぎを覚えて目を覚ました。


 昨日飛んできた伝令鳥は、あれから姿も何も現さない。やっぱり自分の夢だったんだろうか? 食堂の親父をやりたいという自分の夢が見せた幻。


 はあ、と息を吐いて窓を開ける。


 その時。


 羽根が風を打つ音。


 幻聴かとも思ったけれど、飛び込んできた赤い生き物。


 伝令鳥?!


 自分のベッドの上に座って喉を反らす伝令鳥から震える手で手紙を取る。


 「我が友クイネへ。」


 ポルティア!


 手が震えて読み辛いけれど、目はしっかりと文字を追っていて。


 「君の気持ちは分かった。私たちは君と、君と志を同じくする町民を全て救い上げたいと思っている。」


 自分と志を同じくする町民?


 そう言えば。


 この間飲みに行った時、同業者たちの愚痴大会になった。


「最近締め付けが厳しいと思わないか?」


「ああ、思う思う」


「窯師も、若いガキに無理やり交代させられたらしいぞ」


「そんなに優秀なのか?」


「「窯師」のスキルで9000近いらしい」


 同じか、とクイネは思った。


 自分と同じ高レベルで、望まない仕事を押し付けられたわけか、と。


「そろそろこの町も見限り時かねえ」


「しっ」


 ろくろ師の一人が黙るようにと合図を送った。


「町長の厳しさは誰彼構わずじゃない。お前ら噂を知らんのか」


「噂ぁ?」


「町を出たいと口にした町民が姿を消すっていう噂」


 全員毒を飲んだような顔で顔を見合わせ、その場は解散となり。


 町を見限り時か、と言っていた一人が姿を消した。


「…………!」


 この町はおかしくなっていっている。


 ポルティアは、そしてその上にいる名前も知らない町の町長は、そこから全員助け出すと言うのか。


 町に不満を覚えている皆を。


 ……本気か?

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