第526話・噂の主
「親睦の湯」からある程度離れて、ティーアが小声で訊いてきた。
「あれを聞くためか」
「うん」
最近、
大体が性質も悪けりゃ能力も低くて、噂を流すどころか反論されて黙ってしまう程度でしかないけど、どんな噂を流そうとしているか、それをこの耳で聞きたかった。
ちゃんと聞けたので良かった。
「ヴァリエは……大丈夫なのか?」
低い声で問われ、肩を竦める。
まあ、あんな噂があるんなら、誰でもヴァリエがあの男と関りがあると思うだろうね。
でも。
「大丈夫」
ぼくはニカッと笑った。
「しかし、噂の通り、ヴァリエは」
「そう。でもみんな甘く見ている。ヴァリエの信念を」
それ以上何を聞かれても答えず、ぼくはのんびりと歩く。
ヴァリエについてはこれ以上話しても何も引き出せないと思ったんだろう、ティーアは話を変える。
「町長は」
「うん?」
「……町に流れる噂を知りたかったのか」
「うん」
頷くぼく。
「知り合いの子供とかからも噂は聞けるけど、大人の間で今流れている噂は聞きづらいしね」
実際、サージュやアイゲンの早耳草なら、今何処で誰がどんな噂を流しているのか知っているだろうけど、彼らはぼくに教えてはくれないだろうね。彼らが言うにはこれ以上苦労させたくないんだそうだけど、町のことならぼくも教えて欲しいのが正直なところ。
でもそこで押すと迷惑かけちゃうからね、だから保護者付きの今、噂の流れそうな湯に行って、そして実際に聞けた。
「彼らはグランディールの弱味を突いて来ようとしてるんだろうけど、やり方が下手だね。確かに何でもできる町にしたいことが出来ない人間が一人いるって言うのは弱味だけど、話の向け方が下手だ。今この大陸で、騎士と呼ばれる人間に憧れるのは弱小の町の人間だけだ」
騎士が「まちの時代」になる前、「くにの時代」だった頃、どれだけのいくさを引き起こしてきたか。
弱小の町は、騎士がいる町、というだけでちょっと得意になれる。他所の町と喧嘩しても勝てるだけの戦力があるってことだから。
だけど、ある程度余力のある町の人間は、騎士を嫌悪する。
騎士は誇りのために戦うのを良しとするため、自分あるいは仕える町長が馬鹿にされたと感じると重要な取引相手だろうが格上の町の町長だろうが決闘を挑み出す。
だから騎士は忌み嫌われる。
ヴァリエもしばしばアナイナに喧嘩を売ってぼくが叱ってそれでも引こうとしない所があった。グランディールが
まあ、だけど。
「大丈夫だよ」
ぼくは夜道を歩きながら笑った。
「ちゃんと手は打ってる」
「……打ってる……のか?」
「うん、ある程度は」
「不安だな」
「打てる手は多分サージュたちも打ってるよ。ぼくはぼくのやれる範囲でやってるだけ。お互いすれ違いや喧嘩しないように気を使ってるけど」
「サージュなんかに情報共有を求めたらどうだ? 今回みたいに」
「ん~、しばらくは無理だろ」
「無理? どうして」
「ぼくが色々被ってること、みんな知ってるから」
以前の町長入れ替わり騒動。今回のスピティ騒動。ぼくが色々被っているのは、町の中心部にいる人間ならみんな悟っている。
だから、みんなとても気を使ってくれている。厄介事で自分たちで処理できる範囲なら処理しようとしている。
その気持ちはすごくありがたい。
ありがたいんだけど、ねえ。
町の行く末に関わりそうな問題を町長が知らないのはどうなのって訳なんです。
だから、ぼくはぼくで、噂を聞いたり情報を集めたりして、地場を固めておく。
何かが狂ってその時知らされて慌てるよりは、無駄になっても最初から情報を入れておく方がいい。
何を言ってもぼくは若造だからね、先輩たちの面子を潰すような真似はしたくない。
ばさばさばさばさっ。
とっとっとっとっ。
前方から羽音と足音……?
ああ。
「エキャル! テイヒゥル!」
エキャルはぼくの頭上に着地し、テイヒゥルはお腹に頭をグリグリする。
神殿に行くとき、目立つからお留守番を頼んでいた。
エキャルはともかくテイヒゥルは守るべき対象であるぼくから離れることに不安を感じていたようだけど、「お留守番をお願いするよ」と頼み込んだらイカ耳で頷いてくれた。心配してたんだろうな。
「ごめんなー。でも町長が神殿とかに行ってるのバレるとヤバかったからさ」
ぐりぐりごつごつ。
「分かった分かった。でも場所によってはお前たちを連れてけないってことも分かってな?」
ぐりぐりごつごつ。
ちょっと強さが増して、了解したけど心配してるよ、と伝えてくれる彼ら。いい子たちだ。
ぐりぐりごつごつされながら歩いて行って、ふと見れば目の前に会議堂。
「じゃあ、お休み、ティーア」
「お前もゆっくり寝るんだぞ」
ティーアが念を押してくる。
「そうでなくても最近色々あって熟睡出来てないんだろうからな」
ティーアは鳥部屋に向かって歩いて行って、ぼくもエキャルとテイヒゥルを連れて自分の部屋に向かった。
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