第527話・待ち人来たる
部屋に入る前、一瞬テイヒゥルが動きを止めた。
「テイヒゥル?」
ぐる、と振り向くテイヒゥル。
「……ああ、来ているのか」
ぐる、と頷くテイヒゥル。
「オーケー」
頷くと、テイヒゥルはドアノブに前脚をかけて、引っ掛けてドアを開く。エキャルが先に飛んで入り、ぼくが入るとテイヒゥルは器用にドアを引いてドアを閉め、その前に座り込む。
ぼくは椅子に座る。エキャルが止まり木に留まり、ぼくはそっち……部屋の暗がりの方に目をやった。
「お待ちしておりました」
凛、とした女性の声。
「こんな遅くにありがとうね、ヴァリエ」
「いいえ、とんでもない」
暗闇から現れた銀の髪の美少女……いや年齢からすると美女……いやいや顔立ちは美少女……は、ぼくの前まで来て膝をついた。
「それをやめてよ」
「いえ、これがわたくしの礼儀ですので」
やれやれ。騎士って言うのは全員こんな面倒くさい人たちなのかねえ。
「……まあいいや」
ぼくは立ち上がると、ヴァリエに座るように促して、お茶を淹れた。
「そんな、勿体ない」
「今君にやってもらってることに比べたら些細なことだ」
甘めの味が好きな彼女の為に砂糖を足して、差し出す。
ヴァリエは深々と頭を下げると、ありがたそうに両手でカップを包み、一口飲んだ。
「今日、「親睦の湯」に行ったよ」
「町長、そんな危険なことを」
「危険じゃないよ。町を歩いている人がぼくだってわかるのはテイヒゥルとエキャルがいるからだし。ぼく自身の顔をよく見てる町民はあまりいない」
「それでもです。エキャルラット殿とテイヒゥル殿がいなかったら身を守る術は……!」
「ティーアが一緒だったから大丈夫。ぼくも身の安全は守る」
で、と一息ついて、切り込む。
「「親睦の湯」へ行くことが危険だって言うのは、そこが連中の本拠地だから?」
「はい」
ヴァリエが頷く。
「彼らは「親睦の湯」で情報交換並びに噂の流布を計っています」
「なるほど」
「なんせ彼らは男性なので男湯には入っていけませんが」
「……うん、そこまで望んでないから」
そんな痴女爆誕みたいな真似させられません。
「ただ、彼らが「親睦の湯」で色々企んでいるのは間違いありません」
「その為の湯だったしね」
チラッとヴァリエがぼくの目を見る。
「最初から、その為に?」
「噂を流しやすい場所があれば、下手な草はそこを使うだろ? そいつらに都合のいい場所を作ってしまえば、そいつらはそこを利用する。……もちろん、普通の町民が話の出来る場所でもあるけれど」
「町民に危険は?」
「そこは大丈夫。湯処の管理してる兄ちゃんいたろ?」
「ああ、管理人ですね。……確かにただものではないと思いましたが、彼は一体?」
「ブワールン・ディフェン。スキル「管理」を持ってる」
「それだけではないでしょう」
「おや。分かる?」
「毎回行くたびにチラリと見られますが、警戒の視線です」
「サージュの早耳草だよ」
だから彼と喧嘩しないでね、と付け加える。
「なるほど。ただものではないと思っていましたが、町の
「ヴァリエは? サージュ辺りに釘刺されてない?」
「サージュ殿に何をするつもりなのか、とは聞かれました」
「どう返事した?」
「わたくしはわたくしの主に仕えること以外に興味はありません、とお答えしました」
「うん、それでいい」
「しかし、それでは町長が湯に入ったこともサージュ殿に筒抜けでは」
「うん、そこは町長の特権でね」
ブワールンを始めとする各湯の管理者には、ぼくが行ったとしても誰にも何もその情報を言わない、ということになってる。町長が何処かの湯に入った、となると、自分の湯が一番とか言い出すのがいるからだ。だから、平等に扱うために町長がどこの湯に行ったかって情報は管理人は漏らしちゃダメ、ということになっている。早耳草ももちろん秘密にしなきゃです。この秘密をバラすと管理人の仕事は終わりです。つまり早耳草としての仕事はできなくなります。嫌だったらぼくが行ったことは内緒にしといて下さい、ということ。
「だからぼくが行ったことをブワールンは言えない。もし破って言ったとしてもサージュはぼくに何故行ったのかと聞けない。聞いちゃうとブワールンがクビになるから」
「さすがは我が……失礼、町長」
いい加減「我が君」呼ばわりは訂正してもらいたいんだけどねえ。
でも、その信仰にも近い忠誠心こそが、彼女の力。悪い言い方をすればそれをぼくは利用している。
今、グランディールに入り込んでいる草の洗い出しのために。
本当にマズい大国の草は、サージュやアイゲンに任せている。ぼくはもっと、……そう、フューラー町長が言っていたような、グランディールやスラートキーのような新鋭の町を手に入れようと小さい町から派遣される、初心者みたいな草を相手にしている。
これは危険度は低いけど数はたくさん。まとめて引き付けておいた方が後々色々楽なのが目に見えているので、ぼくが手を出している。
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