第346話・感謝します
「しばしの間、多大なるご迷惑をおかけすることになりますが」
ライテル町長と、町長と一緒についてきた町の重役たちは、一斉に立ち上がって、ぼくに頭を下げた。
「よろしく、お願い申し上げます……!」
「分かりました。グランディールの全力を持って、ペテスタイを援助するとお約束申し上げましょう」
ぼくもエキャルを机の上に置いて立ち上がって、ライテル町長に右手を差し出す。その右手をライテル町長がぐっと握りしめた。
◇ ◇ ◇
さて。
そういやグランディールに問題が残っていたな。
スピーア君。
どうしたらいいだろう。
「何か?」
ぼくの顔に何かを読み取ったのか、ライテル町長が声をかけてきた。
「いえ……グランディールに戻ったら少しばかり厄介な問題が一つありまして」
「厄介、とは」
ぼくはスピーア君が浅知恵と功名心と後先考えないことで起こった事件を説明する。
「それは……」
さすがのライテル町長も顔を曇らせる。
「彼の元の町の町長に責任を負わせることは出来ません。草はどの町でも送っているし受け入れている。しかも前の町長は聖女誘拐などという重罪を命じるどころか匂わせてもいないのですから」
「あちらの町長に報告は」
「今、報告を送っているはずです。マシな草を送れと。ただ、その草の処分が」
「早めに処分を考えておいた方がよろしいかと」
ライテル町長は真剣な顔をしていた。
「下手をすると、罪を被せられるかもしれませんぞ」
「罪を被せる?」
「左様」
大きく頷くライテル町長。
「町というものは
んー……確かに……。
ティーアがチラッとぼくを見る。
ぼくが頷くと、ティーアはすぐに出て行った。
話を聞いて、すぐにアパルやサージュに伝えなければ、と判断したんだろう。
ティーアは本当に気が利くし行動が早い。
本人が望んだから今は一介の鳥飼だけど、エキャルの様子からぼくと偽物の区別をつける判断力、泥んこの仔犬の足跡一つでぼくの状態を把握する勘はすごい。知識があればアパルやサージュに並ぶくらいのことは出来たんじゃなかろうか。
……本人の希望が一番だから、ぼくは何も言うつもりはないけれど。
アパルやサージュが知ったら是非とも自分たちと一緒に町長付をと必死で説得にかかるかも。でもティーアはにまにましながら鳥部屋で鳥の面倒を見ているのが一番幸せそうだしね。
机の上に置いたエキャルのフカフカを楽しみながら、ぼくは天井を見上げる。
天井が高いので部屋が広く感じる。
「グランディールも空を飛べるのですな」
ぽつり、とライテル町長が言った。
「ならばペテスタイもそれ程目立たぬかもしれません」
「いや、目立ちます目立ちます」
ぼくはエキャルを触っていない左手をひらひら振った。
「五百年前に日没荒野に消えた
「やはり……そうですかな」
「五百年は長いですよ。精霊神からすればほんの僅かの時間かも知れませんがね。一般の人が生きて五十年。その十倍の年月が経っていて、歴史に消えたことも修正されたこともある」
「……知りたがりにはちょうどいい回答集団と言うわけですか」
「ええ」
「五百年前の全てを我々が知っているわけではない、と明言しても無駄でしょうな」
「無駄ですね。何も覚えていないと言っても五百年前の生き証人を手放そうとする歴史家や研究家はいませんよ」
ついでに観光客もね、と付け加える。
「ペテスタイもグランディールも悩みは目白押しですな」
「町長なんて悩んでナンボでしょう」
スピーア君はどうしようかなあ。何がいいだろ。スピティに迷惑をかけないように、と言うのに付け加えてスピティから罪を被せられないように、というのも加わった。ややこしくなったなあ……。本人が心底反省してればまだ先は見えるんだけど。
「さて、それではぼくはそろそろ失礼を」
エキャルを抱えて立ち上がる。
「門までお送ります」
ライテル町長も立ち上がった。
グランディールとペテスタイはくっつくようにスピティ近くの山の中に停泊している。
黒鉄の扉が静かに開かれる。
気付いたペテスタイの兵士とグランディールのキーパが一礼する。
「では、勉強会か料理教室で」
「急ぎがあればいつでもエキャルを飛ばしてください。エキャルに、こまめにそちらを訪れるようにと頼んでありますので。すぐに応じます」
「まこと、感謝申し上げます」
ペテスタイの人たちが一斉に頭を下げた。
「精霊神の気紛れとは言え、クレー様が聖地に来て下さらなければ、人に戻ることも、大陸に帰ることも、そして生きていくことも、出来ませんでした。クレー様と、クレー様がお創りになったグランディールは、我々にとっては恩人なのですから」
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