第345話・必要なもの

 とにかく、食糧を食事に変えられる人が絶対的に必要なわけで。


 急ぎの用と心得ているエキャルはすぐにクイネの返事を持って戻ってきた。


 『こちらは全然構わないが、一度に教えられるのは五・六人程度だ。しかも調理器具の使い方から教えなければならないとなるが、候補者はいるのか?』


 そのまま伝えると、ライテル町長は深々と頭を下げた。


「助かります」


「いや、ペテスタイがなければぼくも大陸へ戻って来れなかったわけですから」


「では、早速候補者を募りましょう。長い間使っていなかった為、腕は錆びましたが料理関係のスキルの持ち主もいたはず。彼らに学んでもらって、そこから」


「口を挟む様で申し訳ないのですが、料理のスキルより、他人に教えるのが上手い人を」


 ライテル町長がちょっと目を丸くする。


「料理関係のスキルはこの時代に馴染めば発動できるでしょうが、料理のスキルを持っていない人も料理が出来るようにならないと、スキルの持ち主に負担がかかるだけです。ある程度の料理が出来る人は多いほうがいい」


「そうですな。ご助言ご協力感謝します」


 ライテル町長の部下らしい人が一人、一礼して出て行く。ペテスタイの民から料理教室参加希望者を募りに行くんだろう。


「それまではグランディールから食事の供給を」


「本当に……」


 ライテル町長は言葉を詰まらせる。


「ペテスタイを修復し、聖地から出していただけて、民の肉体を取り戻していただき、果てはこれから生きていく術まで……」


「ぼくの本体の責任ですから」


 ぼくは笑いかける。


「でもは反省も何もしていないでしょう」


 反省してないのは確かだからそれには反論しない。


「ぼくの心が痛むので、からの詫びの一つだと思って受け取ってください。この貸しはいずれからきっちり取り立てますので」


「そう言っていただけると助かります」


 ライテル町長が深々と頭を下げる。


「で、食糧以外に必要なものは」


「常識ですな」


 再びライテル町長の眉間にしわが刻まれた。


「ペテスタイが大陸を去ってからいくつの町がおこり、滅びたのか。その間に何があり、何が完成して、何が消えたのか。名高い町は何処にあって、何を売りとしているのか。現在の「おきて」のこと……。我々だけでは把握できません」


 確かに。


「では、勉強会に参加してください。学問所で子供から学べなかった大人まで、「まちのおきて」や大陸の常識など、所謂いわゆる一般常識と呼べるものを教えています。自分より若い……幼い者と一緒に学ぶのは屈辱くつじょくと思われるかもしれませんが」


「いえいえ、とんでもない!」


 ライテル町長が必死で首を横に振る。


「それはペテスタイが再び町としてやっていくのに、絶対に必要なことです。それを教えていただけるのですから、屈辱でもなんでもありません。むしろ感謝の意しかありません」


 まずライテル町長をはじめとする町の重要人物十数人から始めて、彼らがペテスタイの民に少しずつ伝えていくことに落ち着いた。


「町を維持するのは大変ですな……」


 ほう、とライテル町長は息を吐く。


「この現代において町を作り上げたクレー町長を、本当に尊敬申し上げます」


「いや、五百年前でも町を創るのは大変だったでしょう」


「我々は十代目ですからね。町を保つことは出来ても創り上げることは出来ない。それは初代町長の功績であって、我々のものではない。その程度は認識しておりますよ。むしろわたくしは民と町を危険にさらした愚かな町長です」


 苦く笑みを浮かべるライテル町長。


 ……ああ。ペテスタイの大神殿巡礼はライテル町長と一部の人たちの提案だったんだろうな。だからこそペテスタイを出て他の町に行った人もいたんだろう。


 ライテル町長に何か励ましの言葉を、と思ったけれど、何も言葉が見つからなかった。


「ああ、お気になさらず。わたくしは自分が愚かだと言うことを知っています。それを忘れないようにすることが、巻き込んだ町民たちに対する詫びだと思っています」


 ……立派な町長だ。


 町長ってのは、町で一番偉いので、勘違いする人も多い。


 ミアストのように自分と自分の町が一番だという考えを持った町長がどれだけいることか。


 もしかしたら、だけど、五百年前のライテル町長はミアストに近い存在だったんじゃないだろうか。


 ミアストより賢く町のことを考えているのは確かだけど、独断専行が多かったかもしれない。そうでなきゃ町民引き連れて日没荒野行きなんて考えない。


 でも、五百年の時を経て、ライテル町長は変わったんじゃないだろうか。


 自分が一番なのは、それこそ町民に支えられてのことだとか、真っ先に考えなければならないのは町と町民の益だとか。


 自分のやったことの神罰を受けて、五百年間扱き使われて、気付けたんじゃないだろうか。


 だったら、ぼくが。ペテスタイに救われたぼくが、グランディールが、困っているペテスタイの為にできることは?


 生き延びる為に必要な物を融通すること。必要な情報や技術を与えること。


 ペテスタイが五百年の空白を経てもやって行けるように、協力すること。

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