第344話・「食」

 ぼくとペテスタイの人たちのスキルと、ペテスタイの人たちの微かな記憶から再生された会議堂は、妙に威圧感がある。


 ペテスタイが出来たのは……ライテルさんの言うには七百年前、つまりペテスタイが封じられていた五百年も含めると、多分千二百年前になる。千二百年前の町は町長が偉いっていうのがはっきりしている造り。会議堂や町長の住宅は大きく威圧的。町長の威厳を示している。


 ミアストだったら、喜んだろうな。町長はエライ! っていうのを前面に出している様式だし。


 で、この長であるライテルさんがとても穏やかなのは……多分五百年の生活が影響してるんだろう。


 人間として生きる環境とかを奪われて半精霊として長くいると、負の感情がすり減っていくとライテル町長は言っていた。精霊神への怒りとか不平不満とか鬱屈うっくつとか、そう言うのがだんだん減っていくんだって。


 で、その影響で、今も五百年軟禁強制労働させられた精霊神への怒りも薄いし、穏やかである。


 ライテル町長の顔立ちや、精霊神への感謝を述べに日没荒野に町ごと乗り込むなんてことをやらかす根性とかからすれば、昔はかなり畏れ敬われている町長だったのではないか、と思うんだけど。


 人間らしい怒りとか悲しみとかって感情が蘇るのにどれだけかかるだろう。


 会議堂の小さな部屋に、ぼくたちは通された。


「まず」


 ライテル町長は、初めて見る表情。厳しい顔だ。


「ペテスタイが、今のまま大陸で町としてやっていくのは難しいと思います」


 だろうな。


 五百年大陸から離れ、常識から離れ、隔離されて生きてきた人たちが、町という形を保つのは大変だと思う。「まちのおきて」ですら一つ年を重ねるごとに少しずつ変わっているってのに。


 「まちのおきて」は精霊神が定めた掟だけではなく、ある町が作った掟が「これは全ての町で使える」と大陸中に広まって「まちのおきて」の一部となったものもある。これは正式な「まちのおきて」じゃないけど、守らないと町民や町が危ないというものもあって、大事な「掟」である。


 五百年の間にどんな「おきて」が消え「掟」が生まれたかなんて、誰も知らないんじゃないだろうか。多分精霊神自身も把握してないんじゃなかろうか。お得意の「忘れる」を発動してさ。


 そのおかげでペテスタイの人たちが困ってるんだし。


「まず生きていくのに必要な食糧……農畜産物の扱い方が、随分変わっているようです」


 ぼくは一つ頷く。


「ティーアさんに三百五十年前に出来た鳥の町フォーゲルのことを教えていただいて知ったのですが」


 ライテル町長は眉間にしわを寄せる。その顔がまた威圧的でおっかない。多分こっちの表情が多い人だったんだろうな。


「鳥の不当な扱いに町の権威で対応するなど、正気の沙汰ではない」


「……フォーゲルにとって鳥は商品であると同時に苦楽を共にする相棒ですからね」


 グランディールがフォーゲルに気に入られたのは、ぼくがエキャルに滅茶苦茶気に入られたから。鳥を愛し鳥に愛される人間が町長なら、鳥に不当な扱いはしないと信用してくれたのだ。で、ティーアが宣伝鳥のことで細々と聞いてくるので鳥飼も鳥のことを理解しようとしてくれていると信頼が篤くなった。


「それぞれの町に特徴があって、名産があって、異名がある。ティーアさんに聞いただけでも大変なのに、それがたくさんあるというのでしょう」


 難しい顔をするライテルさん。


「そこに五百年前の町が戻ってきて、物見高い輩に押し寄せられても困りますし。おまけにこちらは生きていく術すらないのですから」


「生きていく術がない?」


「ええ。既にクレー町長も御承知でしょうが、長い空白地帯のお陰で、料理どころか煮炊きすら覚えていないんです。焼くことは出来ましょうが炭が大量に発生する可能性もまた高い」


「……ですね」


 麦、米、芋、トウモロコシ。穀物を食べやすいよう調理することが出来なければ、他の焼いて食べられる食物を増やしても、いずれは飢える。


 煮、炊き、茹で、焼き、蒸す。


 それだけではなく、調理道具、調味料、切り方、下拵したごしらえ、火加減。


 料理は複合創作物だ、と言ったのはグランディール一の料理人クイネだったか。


「まずは調理方法を教えていただけないと、どれだけ食糧を譲ってもらっても無駄にするだけです」


「確かに」


 ん~と考えて、紙と持ち運び用のインクと羽根ペンを取り出す。カリカリと文字を書き、エキャルを見る。エキャルはのーんと首を伸ばす。


「クイネに届けてね。頼んだよ」


 エキャルはくいっと胸を反らす。


 ぼくは窓を開けるとエキャルを放った。


「何を?」


「グランディールの調理人に、まずペテスタイで少しでも覚えている何人かに料理をABCのAから教えてやれるかって手紙を」


「それは」


「自分たちで作れないと、町として活動どころか生きていくことも出来ないでしょう」


「でも、本当に赤ん坊に教えるようにでないと」


「と言うことを書いて送ったので、判断は調理人に任せます」


 やる気がないなら絶対教えないけど、やる気があればどんな子供にでも教えるのがクイネ。ペテスタイの選抜者にやる気があるなら、多分。きっと。

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