第347話・見物人たくさん

 エキャルを頭に乗っけしてグランディールに帰ると、会議堂の辺りがざわついていた。


 近付くと、ざわついてるわけだ、会議堂を遠巻きに人垣が出来ている。


 ぼくがいない間に何があった?


「どしたの?」


 会議堂を取り囲む町民の一人に聞く。


「うお町長」


「どしたの」


 仰け反った町民にもう一度聞く。


「知らないんすか町長」


「いや今まで出てたから。何かあったの?」


「あるもないも。ほら」


 町民が顎でしゃくった先には。


「……何あれ」


 会議堂のすぐ傍、高い時計塔の先っぽに。


 引っ掛かってる馬鹿一人。


 ていうかさ。


「何がどうしてああなった」


 思わず呟いたぼくに、不思議そうに見降ろしてくるエキャル。


 時計塔はグランディールの総合デザイナー、シエルがぼくのスキルで創ったもの。グランディールでは一番高い建物で、展望階へ行けばグランディールの全貌が見える。


 で、その更に上に時計があって、その上に立つ尖塔から水路天井が広がっている。


 水路天井は本来会議堂前の水汲み場から出てるんだけど、見栄えとか水の動きとかで、現在は水汲み場から地下を通って塔の中心部を昇って尖塔から流れている。


 その尖塔の先っぽに服が引っ掛かってぶら下がった馬鹿一人。


 うん、スピーア君だな、ありゃ。


「クレー」


 人垣をかき分けてティーアがやってきた。


「何してんの……って言うか何やってんのスピーア君」


 ぶら下がりながら悲鳴を上げるスピーア君。


「逃げようとしたらしい」


 チラッと背後上部のスピーア君を見たティーアが説明してくれる。


 それによると、だ。


 ぼくがちょーっとからかったって言うか怒ったって言うか念を押したって言うか、とにかくスピティから抹殺人が来るとかグランディールにも置いとけないって言ったのが、相当効いたらしい。


 逃げ出そうとしたのか命を絶とうとしたのかは不明だけど、時計塔を駆けのぼって尖塔から水路天井を突き抜けようとして……。


 それで、だ。


 水路天井は物理的に通ろうとするモノを通さない性質があることを、スピーア君は知らなんだようで。


 で、跳ね返されて服の一部を尖塔の先っぽに引っ掛けて、グランディール全住民の注目を集めながら悲鳴を上げているという。


「で、みんなで見物してんの?」


「当人が来いと言ったり来るなと言ったり一貫しないので、助けにも行けないんだ。何人か飛行系のスキル持ちが助けに行こうとしたんだが、その度に大暴れして揺れて悲鳴が倍増しになっての繰り返しで」


 あちゃー。


 恥を全開にさらしてどうすんのスピーア君。


「えーと、ちなみに聞いときたいんだけど」


 周りにいる町民に聞こえないように、ティーアの耳に囁きかける。


「みんな、どうしてスピーア君がああいうことになったか知ってんの?」


「知ってるぞー」


 え? こんな人混みの中でこんな小声だったのに、聴き取った?


 って、そうか、ファヤンス組の中に「指向性聴力」、つまり聞きたいところを絞って聴き取れるスキルの持ち主がいたな。


 じゃあ内緒話も意味がない。


「知ってるって、どんな?」


「スピティのだろ? アナイナを連れ出そうとして失敗して、町長に取っ掴まって連れ戻されてお説教食らってた」


 全部バレてた。


「あそこで何がしたいのかは分からないなあ。ちょっと遠過ぎて声も悲鳴交じり嗚咽おえつ混じりだから」


「……まあ見て聞けば分かるな」


 わんわんと泣く声とひいいと上がる悲鳴と早く助けろと怒鳴る声と来るんじゃないと拒絶する声。それが響くたびにぐらぐらと尖塔の先っぽが揺れて、それに合わせて奇妙な声色に変わる。


「助けるべきか助けないべきか」


「それを町長に聞こうと思っていたら、会議堂からエキャルが見えたから」


「迎えに来てくれたわけだ、ありがとう」


 おう、と頷くティーア。


「町長ー、あれ、どーすんの?」


 のんきな町民の声。


「どーしたい?」


 参考までに聞いてみたら。


「知らん」「だしね」「あの先っぽ折れたら困らない?」「落ちたら誰掃除すんの」「ワタシ嫌よ」「こっちも」


 うん、グランディールの町民、仲間じゃなかったら結構薄情だぞ!


「とりあえずこっちに来てくれ。ここじゃ目立ちすぎる」


 ティーアに連れられて、会議堂に滑り込む。



 会議堂は防音がしっかりしているので、さっきまで響いていたスピーア君の悲鳴は聞こえなくなった。


「町長、連れて来たぞ」


 ティーアが仮眠室にぼくを押し込む。あれ。ドア、蝶番ちょうつがいごと壊れてる。


「ああ、町長、済まない、大事になった」


「大丈夫、スピーア君以外には大して問題になってないようだから」


 で、どうして? とティーアに投げかけた問いをもう一度アパルとサージュに聞くと。


「ティーアが伝えてくれたことに関係してるんだ」


 アパルが眉間にくっきりしわを刻んで言った。


「何か言われなくても分かる気がするけど、説明お願い」


「ティーアが飛んできてくれて、スピティがグランディールに罪を被せてくるかも、と聞いた途端、スピーアが叫んだんだ。「もう僕には道はない!」って。いや聖女誘拐しようとした時点ですでに道はなくなってたんだが」


「あ~。やっと事態を理解した?」


「んだろうな。奇声をあげながらドア体当たりで壊して時計塔駆け上って行ったんだ。火事場の馬鹿力ってああいうのを言うんだな、止める間もなかった」


「事態を理解したのはいいけど、更にややこしくしてどうすんだよ一体……」

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