第155話・無理で無茶

「ん」


 シエルが小さく頷いた。


「出来たか?」


「何となくだけど」


 シエルの何となくは普通の人のほぼ完璧な仕上がりである。シエルの完璧は常人をはるかに超えたとんでもない出来上がりになる。


「町長、やれるか?」


「まずは私のスキルが発動しなければ始まらない、か」


 ぼくは地面に両手を押し当てた。何となくだけど、こうすれば上手く行くような気がしたのだ。そしてスキルは思い込みこそが力となる。


 イメージしろ……この町に必要なのは……水……空にもない……地中にもない……ならば水を作る……。


 こんなにはっきりとイメージしたことはない。


 今までは何となくこんな感じ、で造っていたけど、それはぼくが造った町だからだろう。既に出来上がっている町を組み直すには大変な力がいる。


 何処に作る……? 水の源……会議堂に一番近い水汲み場から……全域に広がる……。


 水が、目の前にある水汲み場の、何もない所から湧き出るイメージがはっきりとできた。


 手応え完璧。水汲み場に水が溢れる。


「なんと」


 誰かの声が聞こえたような気がするけれど、今は気に留めている暇はない。


「ヴァダー」


「おう」


 ヴァダーがスキルを「合わせ」て、ぐっと水を空に押し上げた。


「シエル」


「今までで一番大変な仕事だな」


 呟いて、シエルが目を閉じる。


 そのシエルの足に手を当てると、シエルが考えているイメージが流れ込んでくる。


 中央の水汲み場から舞い上がり、四方八方に散り、水汲み場へ、畑へ、井戸へ、湯処へと流れつく水流。その水流が今度は地下を廻って再び水汲み場へ戻り、もう一度空へと舞い上がる。


 地中を廻る豊富な水をイメージして、顔をあげる。


「おお……」


 フューラー町長が感嘆の声を上げた。


 水汲み場から噴水のように水が噴き上がっている。


 クモの巣状のグランディールとは違い、中央の水汲み場から放射線状に水が広がっている。


「な、なんだ」


「雨……?」


「水だ!」


 あちこちで起こる歓声。


 それを確認して、僕は膝から崩れ落ちた。


「クレー町長?!」


 トラトーレ商会長の悲鳴。地面に自分の頭を叩き付ける直前で、サージュが体を支えてくれた。


「大丈夫ですか、町長」


 しばらく、呼吸が出来なかった。


 目の前がチカチカする。息をしてもし足りない。ヤバい、頭がクラクラする……!


「シエル、ヴァダー!」


 アパルの声が遠くから聞こえてくるような気がした。



     ◇     ◇     ◇



 目が覚めたら、展示即売会でぼくらが泊まっていた部屋にいた。


「大丈夫か?」


「……ぼく、は」


 途切れ途切れの問いに、サージュが教えてくれる。


「スキル発動後に倒れたんだよ」


「……あー……」


 やっぱり無理があったか。


 グランディールはぼくのスキルで出来た町。つまり、ぼくの新しい力の使い方に馴染みやすい。


 一方スピティのことは、ほとんど知らない。何回か来ているぼくも、ほとんど馬車か商会の建物の中だから、町をイメージしろと言われても難しい。ぼくのルールで出来た町じゃないんだから。


 そのフォローをしてくれるシエルだってスピティのことを知らないんだから、ちょっと一周した程度じゃ完璧なイメージは出来ない。だからってイメージできるまで滞在するわけにもいかない。シエルは町の……下手すればぼくより重要人物だ。彼が満足できる水路天井をデザインさせると、グランディールの仕事が進まなくなる。


 あ。


「シエルとヴァダーは? 二人は?」


「二人も倒れたけどとっくの昔に復活してる」


「とっくの昔?」


「お前が倒れたの、三日前な」


「ぅえ?」


 サージュはぼくに指を突き付けた。


「お前の顔色とか倒れ方とかその後とか、そりゃあ酷かったんだからな! フューラー町長もうすごく心配して医者とか呼んでくれたりしたんだからな! 無理なら無理と言え!」


「いや、行けると思うから行ったんで……」


「その後倒れて三日も寝続けるのは行けるの内に入らない!」


 はい、入りませんね……。


「でもまあ、これでぼくのスキルが他の町に影響を与えられるかの実験になったんだし」


「……まあな」


 サージュは窓を開けた。


 乾いた青の空はスピティの空。そこに傘のように水路がかかっている。


 スキルで水路を固定できたかどうか不安だったんだ。


 固定しなきゃ舞い上がった水はそのまま地面に落ちて、廻らなくなる。


 スキルを操るギリギリのところでやっていたから、気絶してる間に水路が消えている可能性だってあった。


「よかった」


「よくない」


 頭をサージュのゲンコツでグリグリされる。


「三日だぞ三日! 三日も気絶して、このまま目が覚めなきゃどうしようって心配だったんだからな!」


「ごめん、ごめんって」


 で、そこであれ? と思う。


「なんでグランディールに帰らなかったんだ? ぼくがここにいるって知られる可能性だって……」


「動かせるか! 白目剝いて泡吹いて痙攣けいれんしてたのを!」


「えっそんな状態だったの?」


「そんな状態だったんだ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る