第330話・聖職者の条件
「お兄ちゃんは一人じゃないよ」
「は?」
何を聞いてたんだお前、とアナイナに言おうとしたぼくは、それ以上言葉を出せなかった。
あの、いつも感情豊かでぼくを振り回す妹が、今まで見たこともない程、真剣な顔で、ぼくを見ていた。
「わたしが、いる」
アナイナは自分を指差した。
「それとも、お兄ちゃんは精霊神が全部一柱ですべてをこなしてたって言えるの?」
「それは」
反論しようとして、出来なかった。
精霊神は。
直接世界に手を出してくることはほとんどない。
実に色々な存在を使って世界に手を出している。
聖女をはじめとする聖職者。ぼくのような分霊。聖獣や神獣と言った使い。時には自分に背いた罰と称して、生きている人間を利用している。
特に半精霊としたペテスタイの人たちは便利に使っていたので、みんなで逃げ出して、大神殿での祭りが終わった後、精霊神自らが聖地の人たちを家に戻さなきゃならなくなって四苦八苦していたのをぼくはペローの目を通して知っている。うん、そこですぐ一人で動けるようだったら、ぼくたちは元の姿に戻るどころか速やかに自我を奪われ聖地に連れ戻されていた可能性もあった。
精霊神がそういう具合に
「だけど、お前は」
「わたしは、聖女だよ?」
アナイナは胸を張った。
「だから、お兄ちゃんが精霊神になってもお兄ちゃんの手助けができる。ならなくても、今いるあの精霊神への威嚇にはなるよ。試してみたんだけど、聖女っていうのは自分で信仰相手を選べるみたいなんだよね」
「へ?」
信仰相手を、選べる?
「聖女が信仰するのは精霊神、でしょ?」
「……ああ」
「聖職者のスキルを得た、聖職者にどう見ても向いてない人が相応しい人間になる、って知ってるよね」
「……ああ」
「つまり、あの精霊神は、危険すぎて管理下に置いとかなきゃマズイ人間を聖職者にして、その考え方とかを操作して、聖職者らしい人間にして動かすことが出来る」
ぼくは反射的に顔をあげてアナイナを見た。
「じゃあ、もしかして、あいつは、お前を」
操り人形にすることが出来る?
「それは、出来ない」
アナイナは自信たっぷりに笑った。
「聖職者になるには、少しでも、その神を信じているという心がなきゃいけない。例えば、食事のたびに祈りを捧げるとか」
ハッとぼくは気付いた。
そう言えば、ぼくは、精霊神の本性を知ってから、祈る気なんてなくしてしまったけど、食事の前か後に精霊神に感謝の祈りを捧げるのは大陸では当たり前のこと。
その、当たり前のことが、信仰している証だったんだ。
習慣と化して実の伴わない祈りでも、形さえあれば問題ない、と。
「……つまり、精霊神がある人物を聖職者に出来る条件はたった一つ。精霊神に毎日祈りを捧げているかどうか、なのか?」
「うん」
アナイナは頷いた。
「聖女は火の周りで踊ったことがあるってのも大きな要因だけど、最終的に、精霊神に祈りを捧げる習慣があるかどうか。それだけ」
ぼくは顔を覆ってはあーっと大きく息を吐いた。
で発現すると、どんな低レベルでも崇め奉られる聖職者スキル。一生を町と神を繋ぐために捧げられる存在になる条件が、食事の祈りを毎日捧げているかどうかだなんて。
「逆を言えば、どんなに相応しくても、祈りを捧げる習慣がなければ、その人は聖職者になれない」
「……アナイナ?」
「やめてみたんだ。食事の前後の祈りを」
それまでの神妙な態度から一転、いたずらっ子のような笑みを浮かべるアナイナ。
「そうしたら、精霊神の声が聞こえなくなった。これまでは何か連絡しようかって意思が伝わって来てたけど、祈りをやめた途端、神の声が聞こえなくなった」
「聖女じゃ……なくなった?」
「そんなはずないじゃん。お兄ちゃんだっけ? これ言ったの。一度授けられたスキルを解除することは出来ない、だっけ?」
そうだ。闇の精霊神が特別な力を持たなかった人間に与えた特別な贈物、「スキル」は、その能力を与えた闇の精霊神しか解除できない。光の精霊神が光のスキルを作って気に入った人間に与えたとしても、スキルを作ったのが闇の精霊神である限り、人間に固定されたスキルを解除することは出来ない。
「だから、わたしは神のいない聖女。力は
「……まさか」
「だから言ったじゃん。お兄ちゃんは一人じゃないって。それと、特別な力を持ってしまったからには責任が生まれるって」
アナイナは何てことないような顔で告げた。
「お兄ちゃんが精霊神になったら、わたしが聖女としてお兄ちゃんの意思を伝える存在になれる。お兄ちゃんの正体を、グランディールを守護する精霊神の交代を隠しながら、お兄ちゃんの思惑を神の言葉として伝えられる」
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