第329話・責任を負う者

 おいおい。


「アナイナは兄を神様にしたいのか?」


「したいっていうより、向いてるっていうか、条件が合ってるっていうか」


「向いてないし合ってない」


「だってお兄ちゃん、困っている人がいると見過ごせないでしょ?」


「そりゃあ一応町長だから。困ってる人を助けられない町長なんてミアストみたいなもんだろ」


「あのね」


 呆れたように口を開いたアナイナは、一瞬小さい頃叱られたお母さんに似ていて、思わずびくっとした。


「お兄ちゃんが一応とか当たり前とかって思ってやっていることは、普通の人だったら知らんぷりして見過ごすようなことなの。ミアストじゃなくても、自分に関係ないって無視するの。それが普通」


「そんな世知辛せちがらい世の中は嫌だなあ」


「今はそう言う世知辛い世の中なの。精霊神の言う世界崩壊に関わっているかもしれないけど、それはさておき、お兄ちゃんはかなりお人好しで善人でクソがつくほど真面目なの。それって、人が自分の上に立つ人に求めるものよね?」


「いやアナイナ、ぼくを過大評価しすぎ。ぼくは単に……」


「助けたいと思ったから助けただけなんだよね?」


「うん」


「それが普通には出来ないことなの」


「つまり、ぼくは普通じゃないと」


「うん」


「そこは言おうよ、普通って! お前の言ってることって、自分の兄ちゃん普通じゃないってことだぞ!」


「だって、普通じゃないじゃん」


 肩が落ちる。


「ぼくは普通のお兄ちゃんでいたいんだよ、アナイナ……ッ!」


 がくぅっと机に突っ伏したぼくに、アナイナは容赦なく追い打ちをかけてきた。


「普通のお兄ちゃんじゃグランディールも出来なかったしペテスタイの人たちも助けられなかったでしょ? あの人たちを見捨ててでも普通でいたいっていうお兄ちゃんだったら、わたしはエアヴァクセンからついてこなかったよ」


 アナイナには褒め言葉かも知れないけど、ぼくにとっては「お前は普通じゃない」という宣告っぽくて嫌だ。


「それに、普通じゃないからミアストみたいなヤツに痛い目見せられたんでしょ? 精霊神にも痛い目見せられたんでしょ? お兄ちゃんが普通だったらあっちから一方的に攻撃されるだけで、何も抵抗できなかったんだよ? そこを反撃出来て勝ちまで取ったんだよ? それでも、普通じゃないってそんなに嫌なこと?」


「嫌だよ」


 ぼくは普通がいいんです。その他大勢でいいんです。


 町長はもうしょうがないって諦めたけど、精霊神なんて人間の範疇、軽く飛び越えてるじゃないですか。精霊神の分霊なら力を使わなければ人間としてやっていけると思うけど、精霊神! になってしまったらもう人外確定じゃないですか。


「とにかーく、ぼくは第三の精霊神になる気はありませーん。人間としても精霊神の力は使いたくないでーす。スキルで使えるギリギリの力で頑張りまーす。町長の仮面も使いませーん」


「お兄ちゃん、さあ」


 ベッドに座ったままのアナイナは、呆れたように言った。


「責任、忘れてない?」


「責任?」


「力を持っちゃった人間には、自動的に責任がついてくる」


 う。


「お兄ちゃんは「まちづくり」のスキルを持っちゃったから、町長になるって責任を持った。精霊神の力に目覚めたなら、その力を持っちゃったなら責任が被さってくる。そうじゃない?」


「…………」


 正論である。


 ドのつく正論。


 うん、そうなんだ。グランディールを造った時から分かってる。


 力には責任が伴う。アナイナにも言った気がする。力が大きければ大きい程その責任を負わなければならない。ましてや精霊神なんて力を持っていれば。


 だけど。


「ぼくはね、アナイナ」


「ん?」


「これ以上、責任を負いたくないんだ」


 吐き出したぼくに、アナイナは黙って聞いている。


「成人してすぐ、とんでもない力に目覚めて色々な責任を負った。正直、負いきれないと思ったこともある。でも、アパルやサージュや、町のみんながいて、一緒に背負ってくれて、それで放棄せずに今までやって来れたんだ」


「うん」


「でも、精霊神の力を、一緒に背負ってくれる人はいない。力があまりにも強すぎる。強すぎて、溺れている。なのに助けてもらうどころかすがわらすらない。そんな状況で、ぼく一人で何かしろって言われても困る」


「うん」


「あるいは、具体的に対処する事件でもあればまた別かも知れない。事件を解決すれば、それで責任を果たしたことにはなるからね。でも、今のところ、それはない」


 アナイナはちょっと視線を上に向けて、考えて、何か言おうとした。だけど、自分で首を横に振って、それから「うん」とだけ頷いた。


「そんな責任を果たせない状況で力だけあっても困るんだ。ぼくに何をしろって? 言っておくけどぼくは責任を負いたくない。ぼくの力は強くても心はそんな強くないんだ。持ち切れない。耐えられない」


 ここまで弱音を吐いたのは初めてだ。


 多分、アナイナ……ぼくより弱いけれど、それでも一人の人間が負うには過ぎた力を与えられた、何より妹だから、吐き出せたんだろう。


 言葉を切ったぼくに、アナイナはしばらく考えて、口を開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る