第328話・自覚のない特別な人
妹よ、今何を言った?
「だからぁ、お兄ちゃんは精霊神の一割なんでしょ?」
「……うん」
このカッ飛んだ妹が何を言い出すかが怖くて、でも話を聞かない限り終わらないのは確かで、ぼくは頷く。
「力をひっくり返して闇の精霊神になっちゃえばいいじゃない」
「…………」
……うん、聖女になろうと何になろうとアナイナはアナイナだった。
エアヴァクセンでも「スキルがあるんだから町を創っちゃえばいいじゃない」と言ったアナイナ。そしてやってみればという言葉でぼくはグランディールを造った。
でもね。
「……思い付きで人を人から外さないでくれるか」
「あ、嫌なの?」
「嫌だよ」
一週間ほど仔犬の姿でいてよくわかった。ぼくは人間以外の何物にもなりたくない。
それに、実体を持たずにただ力だけがあるのは嫌だ。人間として生まれたせいかは分からないけれど、肉体に付随する五感は絶対に欲しいぼくがいる。
五感は、一つでも欠けると他の感覚で補う。
一つ失って不便なら最初から持ってなければいいだろう、と精霊神あたり言いそうだけど、それじゃダメなのだ。その感覚を感じた経験こそが嬉しかったり楽しかったりするのだ。もちろん、痛かったり苦しかったりするのは嫌だけど、それを感じないと他人の痛みや苦しさが分からなくなる。そして大勘違いしてそんな思いをしない自分こそが偉いという考えにシフトしていく。
昔、お母さんが言ってたことがある。
たくさん傷付いた人こそが、たくさんの人を癒せるのだと。
痛いことを知っているから、治してあげようという気持ちになれると。
精霊神に当てはめれば、傷付いたことも痛い思いをしたこともなかったから、人の痛みにも苦しみにも無関心でいられたのだ。
ぼくの身体で痛みを知って、少しは人間への態度を変えてくれるといいんだけど。……甘噛みで大騒ぎの情けなさはすごかったけどね。
おっと、考えがずれた。
「ぼくは精霊にはなりたくないから。人間でいたいから。人間からずれるようなことを考えないでくれないか」
「そこまで嫌?」
「嫌なものは嫌」
「お兄ちゃんならきっといい精霊神になれると思うのになあ……」
「いいとか悪いとか関係なく嫌。ぼくは人間です。一割であろうが十割であろうが精霊にはなりたくないの」
「お兄ちゃんって特別なくせに特別扱い嫌いだよね」
「特別ってなんだ」
「低上限レベルとか、町長とか、精霊神とか」
「特別はどっちかって言うとお前だろ」
町のアイドルで突拍子もない発想力もあって聖女で。
「わたしのそれは聖女を除いては所詮一般人の
「……外れてるかあ?」
「外れてる。ほぼ一人で町を創っちゃったりその町を運営したりしてるところで既に外れてるけど、生まれた時、精霊神の分霊って時点で外れまくってる」
「好きでそうなったわけじゃないし、生まれた時から精霊神に関する記憶は一切なかったし。記憶も能力も精霊神が接触してこなきゃ戻らなかっただろうし」
「うん、お兄ちゃんて世界でもトップクラスに特別でかーなーりー大胆なことすんのに自己評価は低いよね」
「……アナイナ、それは最初に言ったことを強化してないか」
「実際そうだもん。わたしがお兄ちゃんの立場だったら、精霊神ぶっ倒して自分が精霊神になって自分を崇めさせる大きい神殿を創る」
「神殿作って崇められても心から信仰されてるってわけじゃないだろ。お前も毎食ごとに精霊神に祈ってるけど、単に習慣ってだけだろうが」
信仰心どころか仕える相手が大嫌いな聖女が何言ってんだ。
「お兄ちゃんが精霊神になれば、世界の……まあ五分の一はお兄ちゃんを信仰するんじゃない?」
「あのなあアナイナ。信仰ってのは、自分の心の
「本当に分かってないなあお兄ちゃんはあ」
溜息交じりに言われた。
そうして、アナイナは指を一本折る。
「まず、この町のみんなね? お兄ちゃんのお陰で助かった人ばっかり。それが精霊神になれば、みんな自動的にお兄ちゃんを崇めるよ」
「そんな簡単に……第一西の人たちは」
「西の人たちはお兄ちゃんが精霊神になったら安心して崇めるよ。そうなれば精霊神の教えに反しないから」
アナイナは二本目の指を折った。
「そしてペテスタイの人たち。あの人たちお兄ちゃんに助けられたよね。お兄ちゃんが精霊神の分霊だってこと知ってるよね。既に崇めてるよ」
「おいおい……」
「そして、スピティやヴァラカイ、その他の人たち。水路天井で乾季や熱気、極寒から解放された。人間の力じゃどうにもならない気候ってものから救われる方法を教えられて感謝しない人はいる? しかも水路天井はお兄ちゃんが広めることを許可したから、寒暖差が激しかったり乾季がきつかったりする町はどんどん取り入れる。水路で天井じゃなくても町を回る水路くらい作ってる町もあるっていうのよ。この人たちがお兄ちゃんだと知らずに崇めててもおかしくないよね」
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