第327話・精霊神が嫌いな聖女

「そんな……そんなひどいことをやるヤツ?」


 おお。怒ってる怒ってる。


「忘れたから問題ない、で全部思ってるヤツ?」


 ぼくは頷く。


「そんなヤツに選ばれて喜んでたってわけね、このわたしが……」


 アナイナの拳がフルフル震えてる。


「なーにが精霊神よ! 記憶力の劣化したおバカじゃないの! いやおバカじゃ言葉足りない、えーと、えーと……」


 えーと、をしばらく繰り返して、アナイナは絶叫した。


「お兄ちゃんを馬鹿にしたえらそーなヤツにぴったりくる罵り言葉が出てこない!」


「うん、そうだなあ。でも一応話した通りぼくはあの野郎の一割なんで、おまえの悪口巡り巡ってぼくの所に来るから、手加減はしてね?」


「……ああ、そうだよね……」


 アナイナは唸って。


「でもムカつく! わたしを聖女にしたのって、お兄ちゃんの言うことならわたしが何でも聞くって思ったんじゃないでしょうね!」


「それもあるだろうけど」


 一応言っておく。


「精霊神……光の方は本体は金色の炎で」


「炎で何かっ?!」


「自分の分身である炎の周りで踊る美少女を聖女に選ぶ傾向があるらしい」


「……むー……」


 美少女、という一言に反応するアナイナ。うん、おまえも女の子なんだよね。

美少女って言われるとさりげなく嬉しいんだね。


「って、わたしいつ踊った?」


「グランディール歓迎の宴の時に。ほら、エアヴァクセンのみんなとグランディールを造った最初の夜の時に」


「…………?」


 しばらく考え込んで。


「あ」


「思い出した?」


「あれか……あれかあ……あれなのかあ……」


 の三段活用が出ました。


 アナイナは頭が痛い、という表情で唸っている。


「あれで選んだの……? あのノリだけで踊った……」


「炎の周りでの舞は基本的に精霊神に捧げる舞じゃないか」


「そうなんだけどさあ……あれはみんなを盛り上げる為で、わたし、精霊神に捧げたつもりはないよ?」


 そりゃあそうだろ。炎の周りで踊るのは大抵の祭りのクライマックス。精霊神に捧げる踊りって認識してるヤツがどれくらいいるか。祭りイコール炎の周りで踊るって感じだからなあ。まさか精霊神が炎を通して直に見ているなんて思いもよらないだろ。


 あの踊り、アナイナも見てたぼくらも、「ああほっこりするなあ」くらいだったしなあ。あれで聖女に選ばれたって言われても「冗談でしょ?」的な反応が返って当たり前。


 ……町づくりが始まったところだから、精霊神も注視してたんだろう。そこでアナイナが踊ったんで魅かれたんだろうな。ぼくの妹だから聖女にしとくと色々使えるとも考えたんだろうけど、ぼくはそれ以上追求しない。アナイナがキレるだけだし。


「もしかしてわたしがお兄ちゃんの妹だから、聖女にしとけば色々使えるんじゃないかって思った? ううん、思ったのよ、そう思ったのよあの精霊神は! ああ悔しいっ、このスキル返上しちゃおうかしらっ!」


 あ。自分で気付いた。


 そして、もう一つ思い付いたことも同感。でもなあ。


「それは無理だから。使わないようにするしかない」


 スキルという能力を与えた闇の精霊神は今はいない。返す相手がいないから返せない。本来与えられるの違う聖職者のスキルを光の精霊神であるあいつにも一度与えたスキルを取り戻すことは出来ない。与えたら与えたっきり。だからこそ慎重にしなきゃならないのに、あいつは気が向いた相手に適当に与えて、逆らう相手から取り上げることが出来ないからって、自分の影響を与えることで自我を弱らせて自分の忠実な僕を作ってやがった。ほっとくとアナイナまで自我を弱らせて忠実な僕にしてたかもと思うとより一層イライラする。


「お兄ちゃんも精霊神の力は使わないつもりでしょ」


「使わないようにするしかないの?」


「ないの。スキルってのは魂に刻み付けられているから、その刻みを知っている存在だけが力を逆流させて戻すことが出来るけど……」


「それは闇の精霊神で、わたしたちが精霊神って呼んでいる光の方には出来ないってことなのね」


「そう」


 ぼくも、「まちづくり」のスキルを戻せないか、と考えてたけど、それ以上に何でも出来てしまう精霊神の力をまず封じなきゃいけない。ところが、人間の肉体に入ることで精霊神の魂に歪みが生じてしまったようで、ペテスタイのリュシオルさんが指摘したように今のぼくは精霊神とは別物に近い存在になってしまっているらしく、まずぼくの魂を浄化しないと精霊神に戻すことも出来ないでいる。しかも肉体に染みついているから、肉体にある時に浄化しないと、と精霊神あいつは仔犬の肉体に入れたのだ。それが成らなかった。だからぼくもあいつを追っ払った時に力を戻せとは言わなかったし、あいつも言えなかったのだ。


 結局、ぼくは死ぬまで精霊神の力を持たねばならず、そして精霊神の代理人となりたくなければその力を使うことを禁じなければならない、と。


 面倒だなあ。


「ていうかさあ」


「ん?」


「いっそ、お兄ちゃんが闇の精霊神になっちゃえばよくない?」


 ……はい?

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