第326話・説明はしないと

 ぼくもティーアに差し出された服と下着を持って湯処に行く。


 湯タオルで身体をこする。何処ぞの誰かが人の身体で大泣きしてくれたおかげで特に顔を拭った腕の辺りが気持ち悪い。念入りにガシガシ。


 べとべと感が亡くなったのを確認して、もう一度体を流して、湯に浸る。


 はふぅ~……ほぐれる~……。


 湯に口の辺りまで浸って、そっと息を吐くと水泡がポコポコと出て来る。


 帰って……来れたんだなあ……。


 エアヴァクセンを追放された時にはエアヴァクセンが恋しくて仕方なかった。でも今はグランディールがこんなにも恋しくなっていた。


 やっぱり、居場所ってのは自分で決めるべきだなあ。他人に押し付けられた居場所なんて正直クソだなうん。聖地なんざ自分の意思で歩けたのはイコゲニア一家のいる場所以外なかったし。


 これであの精霊神は大人しくしてくれるだろうか。少なくとも痛みの怖さを覚えている限りは交わした約束も覚えているだろうけど。


 はあ~……。


 清潔な体にして、清潔な服を着て、いつものクイネの美味しいご飯を食べて、ベッドでぐっすり寝て。


 そうしたら、アナイナにちゃんと話をしよう。自分に決着をつける為にも。


 風呂から上がって着替え、会議堂に戻ると、ヴァリエが出前の夕食と一緒に待っていた。


「わ……町長」


 まだ「我が君」っての抜けてなかったのかいヴァリエ。


「お食事です。それと」


「話はしない」


「お話を聞かせてください。他に漏らすことはありません。わたくしは……」


「騎士だろうと町民だろうと何だろうと話す気はない」


「わたくしは他には漏らさないと騎士の誇りと名誉にかけて」


「何にかけても話さない。それ以上言うんなら出て行ってくれないか? ぼくは疲れてるんだ」


「……申し訳ありません」


 ヴァリエは折れて、スキルで食堂へ戻った。


 はあ。やっとご飯だ。


 豚肉と茄子を蒸して酢と大根おろしをかけたもの。


 さっぱりしていてあっさり喉を通る。疲れ果てた体に嬉しい味。


 疲れているのは精神のはずだけど、何か体もギシギシ言ってる。あの野郎変な使い方したな。人の身体適当に扱いやがって。


 食べ終わって精霊神への祈りを捧げかけて……やめる。


 何で人の身体で無茶苦茶やったヤツに感謝しなきゃならないんだ。


 代わりに作ってくれたクイネと材料を育てた畑組&家畜組、色々あったけど運んでくれたヴァリエに感謝して、食事を終える。


 歯を磨いて、そしてベッドに潜り込む。


 そして、うつらうつらしながら、そういや精霊神が来たのもこの状態の時だっけ……と嫌な予感を感じながらも眠り。



 起きたら次の朝だった。



     ◇     ◇     ◇



 ヴァリエ便の朝食を食べ終わって歯を磨いていると、後ろに気配。


「お兄ちゃん」


「神殿抜け出してきたの?」


「お兄ちゃんの話を聞かなきゃいけないもん」


 抜け出してきたな。


 ……まあ、常時大脱走する聖女と認識されているようだし、いいけど。


「ちょっと待って」


 顔を洗って手拭いで拭う。そして顔をあげて、後ろにいるアナイナに向き直った。


「ついてきて」


 ぼくは会議堂に戻り、アナイナもその後をついてくる。


 ぼくの私室に入って、アナイナが入ったのを確認して、結界を張る。精霊神の力は使いたくないんだけどこの場合仕方がない。


 ぼくは椅子に腰かけて、アナイナに適当に座れと合図した。


 アナイナはボスっとベッドに座る。


「……で、何処から聞きたい?」


「最初から」


 アナイナは真剣だ。


「何もかもの始まりから」


 さて、何処から話そうか。


 本気で話すとなるとそれこそマトカさんから聞いた世界創世の物語から始まってしまう。


 う~ん……。


「お兄ちゃん」


「……分かった。時間がかかるけど、いいか?」


「もちろん」


 ぼくはゆっくりと話し始めた。



 日没荒野の向こうの聖地に伝わり、最も真実に近い創世神話から始まり。


 世界が崩壊の兆しを見せていて。


 精霊神が、ぼくという一割を切り離し、第二のスペランツァを創らせて世界崩壊を防ごうとしたこと。


 ぼくがそれを拒絶したため、精霊神は自分の手で第二のスペランツァを創ろうとぼくの意識を仔犬の器に入れて聖地に放り出し、余ったぼくの肉体に宿ってスペランツァを創ろうと思っていたこと。


「ペテスタイの人たちは?」


「うん、それとはちょっと話がずれるんだけど」


「全部聞きたい」


 ぼくはペテスタイの人たちを救出した経緯いきさつを語った。


 大神殿に辿り着いたペテスタイの人たちが、大神殿のルール……精霊神からの許しを得なければ入ってはならないことを知らず、大神殿に行ったこと。


 その罰として肉体を奪われ、半精霊として、大神殿と聖地の管理をさせられていたこと。


 反省したら肉体を戻すと約束されていたけど、精霊神が忘れ、精霊神の影響をすぐ近くで受けていたペテスタイの人々が自分が人間であることすら忘れていたため、五百年もそのままだったこと。


 そのペテスタイの残骸を、ぼくの影響で自我を取り戻したペテスタイの人たちとぼくとで作り直し、聖地を抜け出す船にしたこと。


  ばん!


 その大きな音に、天井を見ながら話していたぼくの言葉が途切れ、顔を戻すと、ベッドのサイドテーブルに拳を叩きつけたアナイナがいた。

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