第325話・休ませて

 感覚を今の自分に戻す。途端に耳に賑やかさが戻ってきた。


「精霊神がいるって、クレーの肉体から出て行ったんだろ? なら、もういないんじゃ」


 アパルの言葉に思い出す。そうだ、ぼくが精霊神の一割と言うことは、最初はアナイナを除く聖職者とぼくだけの秘密だった。その後ティーアが曖昧あいまいながらもぼくと精霊神の間に何か関りがあることを精霊神自身から告げられ、そしてアナイナは今この時、ぼくの正体に気付いた。


 でも、これ以上は知ってる人、増やしたくないなあ。特に西の人たちが知ればやっと収まった自分たちが一番説を持ち出してくるだろう。


「あのー」


「「「「なに?」」」」


 一斉に振り向かれて、思わず仰け反るぼく。


「ぼくが熱に浮かされたまま仕事したせいでひっくり返って、その間のこと全部忘れちゃった、ってことでいい?」


「おい」


 声を揃えて来たのはアパルとサージュ。


 ぐっとサムズアップして来たのはラガッツォ。マーリチク、ヴァチカ兄妹もラガッツォから説明を聞いていたのか、秘密はここにいる人間だけ、ということに頷いて同意してくれた。


「説明をしろ、説明を」


 今度はサージュがぼくの耳を掴む。


「耳、伸びる、やめ」


「なんでペテスタイに乗って帰ってきたとか、なんであの聖獣や神獣の群れがペテスタイの町民の姿になったかとか、いない間何してたのか、説明してもらわないと困る」


「多分説明しても聞いても頭がウニになるだけだと思う」


 サージュもアパルも、いい意味でも悪い意味でも現実主義者だ。ぼくが精霊神の一割から創り出された精霊神の分霊だって伝えて、果たして信じるだろうか。


 そして、精霊神(分霊でも)が作った町と言うことは、つまり、ぼくの正体が知られたら問答無用でグランディールは第二のスペランツァとなる。


 それが嫌であんなに抵抗してあんなに頑張ってあんなに踏ん張って取り戻したグランディールが、噂一つ流れただけで精霊神の望む展開になってしまう。


 だから。


「ぼくも上手く説明する自信がないし、そのことを世間一般に知られたら不利益を被る可能性だけが滅茶苦茶多い。だから、話さない。話したくないってのもある。ペテスタイの皆さんも、この件については黙っていていただけますか?」


「クレー町長さんがそう仰るならば」


 ライテル町長の言葉に、後ろにいるペテスタイの十数人もうん、と頷き、何人かが外に走って行った。このことを伝える為だろう。


「お兄ちゃん」


 ベッドの上でもみくちゃにされて、ついでに涙とよだれと鼻水でべしょべしょになった袖から腕を抜こうとしていると、アナイナが見上げてきた。


「…………」


 無言で見つめ合う。


 先に息を吐いたのはぼくだった。


「うん。アナイナは知ってるんだね? でも、ぼくの口から正しい情報を貰いたいんだね?」


「うん」


「ぼくはお腹がぺこぺこで眠いです」


 ぼくは真面目に言ったけど、アナイナにはそう聞こえなかったらしい。つかみかかろうとするのを即座にかわし、続きを言う。


「身体も洗いたいし新しい服にも着替えたいしご飯も食べたいしベッドでぐっすり寝たい。アナイナなら分かるだろうけど、ぼくはこの期間で疲れ果てている。少し時間が欲しい。落ち着いて、二人で話すには、ぼくには準備がいる」


「…………」


 じっとこっちを見つめてくる瞳。不満そうな顔をしている。


「うん、不安な思いをさせたのもぼくだよ。だからちゃんと説明したいと思っている。でも今のぼくはきちんと説明できる状態になってない。ちゃんとアナイナに説明するには、休憩しなければならない。一週間待たせるってわけじゃないんだから、聞き分けてくれ」


「……ぶぅ」


 ふくれっ面で頷いたアナイナに、ぼくはほっと一息。


「ちゃんとお前には全部説明するから。それまでティーア辺りに事情を聞いておいてもいいけど」


「やだ。お兄ちゃんから直に聞きたい」


「じゃあ、お言葉に甘えて湯処に行って来るわ。きが……」


 ティーアが即座に新しい下着と服を突き出した。


「あ、ありがと」


「予測してたのか?」


「まあな」


 ティーアがサージュとアパルに詰め寄られる。


「今回のことを説明……」


「クレーでさえ無理だってモンを、俺が説明して分かると思うか? 正直俺も全部理解してるとは思えてねえんだ。目の前にあるのをひたすら受け入れて訳の分からないまま流されてここに着地したんだ。流されてる時のことを説明しろって言われても、肝心なところは緊張しすぎてほとんど覚えてねえよ」


「緊張、て……」


「何なら交代しても良かったんだぞ。精霊神との生会話」


「う」


 精霊神と喋ってたってのはアパルもサージュも喋ってはいたけれど、あれはで、上っ面の会話にしかなっていない。あっちからやってきた精霊神に真っ向から立ち向かって会話という戦いで一歩も引かなかったティーアは、本当にすごいと思う。……本人も言う通り、何を言ったかはほとんど覚えてないみたいだけど仕方ない。ティーアはあの時ギリギリの戦いだったんだ。緊張を表に出すことも許されない状態で、よくあそこまで精霊神をやり合えたもんだと思う。緊張から解かれてぐったりするのも内容を忘れるのも無理はないよな。


「ティーアも休んで。家族の所帰っていいから」


「悪い」


 ティーアもふらふらと家に帰って行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る