第324話・生まれたからには、幸せに

 なんだそりゃと呆れた表情のグランディールの皆さん。


 いや、ぼくもかなり驚いたんだよ? 軽くかぷっ、で世界が終わるような大騒ぎされたんだから。


 痛みを知らないって怖いよね。


 そして、傷付けられた痛みを知らないって本当に怖いよね。


 傷をつけた時相手がどんなに痛いか分からないってことだから、どんどん与える痛みがエスカレートしていくんだもん。


 だから、五百年もペテスタイの人たちを監禁して何とも思わなかった。


 本当の肉体を奪われて人間としての尊厳まで奪われて、き使われるという苦痛を精霊神は知らなかった。


 誰かの下についたことも、その相手に傷付けられたこともないから、自分の下で働けるのが生き物の一番の幸せだと信じ込んでいた。


 そりゃあぼくだって偉そうなことは言えないさ。まだ十六歳。成人していると言われてても大きな責任を持たされている人間は同年代では少ない。


 ぼくは町長と言われているけれど、それをフォローしてくれる人が大勢いる。


 精霊神はペテスタイの人たちを見下すことなく、フォローしてくれる人たちとして尊重しなければならなかったのに、下につくのは当たり前だと思っていた。


 ……そういや、聖地の人たちはどうしてるだろう。


 祭り途中で精霊神に仕える獣が全部逃げ出して、聖地の家に帰れなくなったんだよな。精霊神が一生懸命帰してて、それで時間が稼げたんだった。


 まだわやわやしている部屋の中で、ぼくはこっそりぼくの分身として作ったペローの視界を見た。


 爆睡している二人の子供。


 良かった、無事に家に帰れたのか。


 ペローはぼくの意図を汲み取って、ベッドの上で寝ていたのを、飛び降り、そっと居間の方に向かう。


 まだ朝。精霊神が全員家に帰すのにどれくらいかかったかは分からないけど、聖地は大騒ぎだろう。五百年大神殿を管理してきたペテスタイの人たちはみんないなくなったんだから。


 別に聖地がどうなって精霊神がどうなっても興味はないけど、突然現れた仔犬を一週間ばかり面倒見てくれたイコゲニア一家には何も起きて欲しくはないから。


 ペローはドアの隙間からそっと中を見る。


 うん、視界が低い。


 今思い返すと、よくあんな低い視界で生きてられたな、ぼく。


 視線の先には椅子の前から降りている足四本。パテルさんとマトカさんだ。


 聴覚に集中。


「本当に、ペルロは何処へ行ったんだ?」


「帰ったんでしょうね……家へ」


「ならペローだってついてく筈だろ」


「ペローは子供たちを選んでくれた。そう言うことじゃない?」


「だったらいいんだけどよ」


 がしがしと音。パテルさんが頭を掻いてるんだろう。


「それにしても、神獣様や聖獣様、精霊虫様に到るまで、あの残骸に乗って行ってしまうなんて……」


「ペテスタイ、あれに乗ってペルロは来たのか?」


「かも知れないわ。どっちにしても、ペルロは帰ってペローが残ってくれた。それだけでいいでしょ?」


「そうだな……。だけど、これからここはどうなるんだ? 大神殿を守る方々が全て消えてしまったんだぞ。まさか行事のたびに精霊神様御自らにお迎えに来ていただくわけにはいかないだろう」


「それは精霊神様のお考えになることで、わたしたちの考えることじゃないわ」


「そうなんだが、なあ」


 ふーっとパテルさんが息を吐いた。


「オレたちの生活がどれだけ聖獣様や神獣様に頼っていたか思い知らされたよ。俺が物心ついてから、ずっと、何処かに行ったり運んだりする時は、精霊神様に祈ったら聖獣様や神獣様がやってきて、精霊虫様が案内してくれるのが当たり前だったからなあ」


「それが当り前じゃなくなった。そう言うことでしょう?」


「お前は……あっさりしてるなあ」


 パテルさんの呆れたような声にマトカさんも溜息をつく。


「それで困るってことは、今までわたしたちはこの聖地で精霊神様に頼りきりだったってことでしょ? 精霊神様の御好意に甘えちゃってって。それが出来なくなったなら、わたしたちでやるしかないじゃない」


「強いなあ、女は……」


 ぐったりしたようなパテルさんの声。


 うん。追い込まれると強いのはどっちかって言うと女の人だよね。


「わたしたちが守らなきゃいけないのは子供たちでしょう? 子供を守るためには女が強くなるしかないのよ。分かる?」


 しばらくの沈黙。


「……分かった! オレも父親だ、腹を括る!」


「あんた?」


「取り敢えず保存用の肉や毛皮は増やしておこう。精霊神様からの直接の御恵みがなくても生きて行けるように」


「そうね。神獣様や聖獣様が来なくても生きて行けるように」


 ほっとした。


 パテルさんとマトカさんは、前を向いて精霊神なしでも生きる道を探し始めている。なら、ツェラちゃんとフィウ君も大丈夫。


 ペローに、意向を聞く。目的があって生み出された命だけど、生まれたからには自分の意思でやることを決めて欲しい。


 ペローは、二人を、四人を守りたい、という意思を伝えてきた。


 もしかしたら、ぼくの思い込みかも知れないけど。


 ただ、ペローも生まれたからには幸せになってほしい。

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