第323話・お帰りなさい

 どんどん寝室に人が入ってくる。


「クレーさん!」「クレー町長!」「ありがとうございます!」


 あ、ペテスタイの人たちだ。


 ちょっと伝説に出て来るみたいな長衣を着てるんで分かる。あと、ちょっとぼくたちより背が低め。顔立ちも何か違うな。ちょっとぼくらより鼻が高い気がする。人間って入れ替わりながら続いていくうちに顔立ちも体つきも変わっていくんだねえ。


 ……と、感心していると。


  ぱぁん!


 顔が横にブレた。


 うん、この勢いで引っぱたかれたら精霊神泣いて逃げてったな。てか精霊神が入ってる時にやってくれればあんな苦労しないで済んだじゃないんだろうか。まあペテスタイの人たち助けられたからいいとしよう。


 と変に感心しながら、じんじんするほっぺたを押さえてぼくは苦笑した。


「アナイナ……久しぶりに会うなりキツイ一発だな」


「久しぶり、じゃなーい!」


 聖女の衣装を着ていたアナイナは、おいそれ隙間から肌見えてるぞ見たいな勢いでこっちの胸倉をつかんでくる。


「何よ、今の今までお兄ちゃんが別物なんだって! 今まで喋ってたあのお兄ちゃんは……!」


「精霊神」


「よねっ! なのになんでわたし気付かなかったのよぉ! わたし、聖女なんだよぉ? 精霊神に一番近い所にいるはずなのに!」


「いやアナイナ、おまえ精霊神様のすぐ近くに居過ぎたから」


 ラガッツォが宥めるように言う。


 ああそうか。精霊神の一割であるぼくのすぐ傍に居続けたから、精霊神の気配とぼくの気配が似すぎてて、区別つかなくなっちゃってたんだな。おまけに精霊神の野郎がぼくの肉体に入ってたから、余計気配が入り混じって訳分からなくなってたんだな。なるほどなるほど。


  ぐいっ。


「あででででっ! 耳! 耳引っ張るな!」


「妹に心配かけといて! 耳引っ張られるだけで済んでよかったって思うのね!」


「ま、まあ、落ち着いて」


 歩きにくそうな長衣を慣れた足捌きで歩きながら、中年男性がぼくの胸倉をつかむアナイナを引きはがしてくれた。


「……ライテル町長?」


「はい。あなたのお陰で人の姿を取り戻せました」


 威厳のある顔がにっこりと微笑む。さすがは伝説の町の町長。威厳ってものがある。さしものアナイナも、そっと掴まれた手を引きはがせないで困ってる。


「頑張って戻って来てくれたお兄さんを引っぱたいてはいけません。貴方のお兄さんは、日没荒野の向こうに追いやられながらも、自分だけではなく私たちまで連れて戻って来てくれたんです。まずはそれをねぎらってこその聖女であり妹ではありませんか?」


「…………!」


 アナイナは頬を膨らませてぶーたれてたけど、チラッとぼくに視線を送り、そして視線を外して言った。


「……お帰りなさい」


「ただいま」


 アナイナやほとんどの町民にとっては、という感覚なのだろうけど、なのだから。


「……そうだな、お帰りクレー。気付けなくて済まなかった」


「お帰り、町長。そして知らなかったことを謝る」


 アパル、サージュが頭を下げる。


「いいよ。相手の方が一枚上手だったんだ。ただ、相手が同時にかなり抜けてたから何とかなったんだけど」


「一枚上手で、抜けてた?」


「うん。ぼくを身体から追い出して自分がそこに居座るってのは良かったんだけど、肉体の不便さを知らなかった。それが相手の敗因。ていうか仕掛けたぼくすらここまでうまく行くとは思わなかった」


「肉体の不便さ……そう言えばそのようなことを言っていらしたが、具体的には何を?」


「噛んだ」


「?」


「噛みついた」


 きょとんとする一同。


 これは説明しなければならないな。


「精霊とかって、肉体ないんだよね」


「ああ」


「一時的に疑似肉体を持っていても、それは所詮疑似、つまりまがい物でしかないんだから、本当の肉体をまとっていることにはならない」


「……我々が半精霊になっていた時と逆、ですかな?」


「そう。そうです、ライテル町長。ペテスタイの人たちも、肉体に完璧に馴染んではいなかったでしょう? 精霊神から離れると自我が薄れるとか。精霊神がわざわざぼくの肉体を奪ったのは、自分の一割を切り離して宿した肉体……自分に近い存在だったから。でも、あいつは肉体を持つって言うのがどういう意味か分かってなかった。分からなかった」


「うん、それと噛むのにどういう意味が?」


「あいつ、肉体の痛みに全然耐性なかったんだよ」


 きょとんとする一同。


「ぼく、仔犬の身体だったろ?」


 頷く一同。


「左手の小指をちょっと噛んでみたんだ。どれくらい耐性ないか確かめるつもりで」


「そしたら?」


「七転八倒。そりゃあもう大騒ぎ。泣いて喚いて鼻水とよだれまで出た」


「どんだけの勢いで噛んだんだお前……自分の身体を」


「甘噛みよりちょっと強いかなーいや弱いかなー程度だよ。赤ん坊でも泣かないわ、あれ」


「それであの悲鳴か? 大熊に噛みつかれたくらいの悲鳴は上がってたぞ?」


「うん。だから、肉体の痛みとか苦しみとかに全然耐性なかったから、滅茶苦茶大騒ぎした。本当に犬に噛まれた程度であれ。で、もうぼくが死んで元に戻るまでは必要最低限以外のちょっかいは出さないって約束させた」

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