第322話・取り戻した身体と町
次の瞬間、ぐぅっと引きずられる感覚がして、そして目を開くと。
視界が高くなっていた。
ついでに言うと視界が歪んでいた。
あ~精霊神が泣きまくったからか~。
金色の炎が目の前でゆらゆらと揺れている。
左手小指は……うん、ちょっとチリッとするくらい。子供ですら泣くのは痛いのじゃなくてびっくりしたからレベルの傷。
これであれだけ大騒ぎした精霊神は、本当に痛みに耐性がなかったんだなあ。
とりあえず、服の袖で涙と鼻水とよだれを拭う。
そして、漂っているままの精霊神に目を向ける。
「ペテスタイの人たちは戻したんだな?」
(……戻した……。私は、約束を
「忘れることは出来るけどね」
ぼくは冷ややかに精霊神に告げる。
「人の世を救おうが救うまいがどうでもいいけど」
ぼくはギッと精霊神を睨んだ。
「今後、聖女や大神官を通した必要な最低限を越えてグランディールに関わるなよ。グランディールはぼくと町民とで創り上げた、たった一つ、取り替えの効かないものだ。これをなくしたらぼくも町民のみんなも助けてくれた人たちも悲しい気持ちになるんだ。悲しいって気持ち、わかるか?」
(…………)
精霊神は黙り込んでしまった。
精神的苦痛も感じたことがなかったのか。こいつは。
……いや、違うか。
負の感情を生み出したのは、闇の精霊神。
だから、光の精霊神はそれを忌み嫌い、人間がどういう思いでこれを受け、耐え、生きているかを知ろうとしなかった。
そのしっぺ返しが今、来てるんだ。
自分は光だから、闇の生み出したものには無関係なのだと無関心を貫いてきた。自分の守るものは光と闇の間から生まれたのだと本当には分かっていなかった。だから、闇の精霊が生き物に与えたそれを知ろうともせず、人間は明るい感情と明るい生き方をするもので、痛い生き方や苦しい生き方をするのは闇に身を落とした者として見ていた。
それが、失敗。
闇の精霊神は方向性は違っても力の強さは等しい存在だった。
そして、闇の精霊神が肉体持つ者に与えた負の感情は、生きとし生けるものに与えられた「試練」だったようだ。
嫌な感情、嫌な感覚、嫌な環境。
それに耐えられて、他者の痛みを理解でき、他者に優しくできるもの。そう言う生き物こそが、生きていけるのだと。
闇の精霊神は厳しく冷たく鋭いけど、それも光と闇の間に生まれた生き物を育てる為だった。自分たちに並ぶ存在にするために。
生まれた時からひ弱い生き物を、肉体というハンデを背負って、そこから来る苦痛に耐えて、そうして相手のことを思いやれる存在になってほしいと。
少なくとも闇の精霊神はそれを願って肉体持つ者に試練を与えた……ただ光の精霊神と似たような間違いを犯したけど。
ふと、精神に引っ掛かるものを感じて外に気配を向けると、精霊神の結界でドアに弾かれ、何度も体当たりしている気配。
「……失せろ。今度会うのは、ぼくが死んで、ぼくの意思が消え、単にお前の一割に戻ってしまった、その時だ」
金色の炎がくるりと回って消えた。
それと同時に。
どーん! バキィッ! べきべきっ!
どだだだだだっ!
ドアがへし折れて、人間が大量に雪崩れ込んできた。
「うおう」
思わず変な声が出る。
「クレー!」
「クレー……!」
アパルとサージュが飛び込んで来ようとしたが、その上からティーアが割って入って来た。
「クレー? クレーなのか? 中身は……クレーだな?」
続いてエキャルがぼくの腕の中に飛び込んでくる。
エキャルが嬉しそうにぼくの胸にすりつく。
ティーアがその様子を見て、ほぅっと息を吐いた。
「よかった……ペテスタイの人々が戻ったから、上手く行ったとは思ってたが……精霊神がお前に何をするか分からなかったからな……」
人の山の中から崩れ落ちて、ティーアは溜息をついた。
グランディールの民の中で唯一真実を知っていたティーアがぐったり。
「ゴメンティーア、大丈夫だよ」
「謝るのはティーアだけなのか?」
サージュの不機嫌そうな顔。アパルも珍しく厳しい顔をしている。
「ティーアとペテスタイの人たちに聞いて、でもまだ信じられない……精霊神様はどうしたんだ?」
「出てってもらった」
身体を動かして、人間の体の感覚を取り戻そうとしながらぼくは応じる。
「最低限の接触にしてくれって言ってあるから、聖女が大神官がいても、普通の町かそれ以下程度のことになるとは思うけど」
「それは大丈夫だから」
「ラガッツォ?」
大神官がドア雪崩の中から顔を出した。
そう言えばティーアが言ってたっけ。精霊神が眠ることを教えられたのは、アパルからアナイナ、ラガッツォを通して聞いたって。
「ラガッツォ……精霊神に逆らうことになるともとか……」
「精霊神はいるんだから」
ニッと笑うラガッツォ。
まあ……ぼくがいれば、一割とは言え、精霊神がいる、ということになるのかな?
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