第205話・スキルって

 深々と頭を下げて、グランディールの上昇門に入る。


 ヴァラカイのまだ熱気と湿気の残った空気とは違う、適度に乾燥した心地よさ。


 ポリーティアーや避難民の人たちが出迎えてくれる。


「お疲れさまでしたグランディールの町長さん!」


「ヴァラカイがあんなになるなんて」


「涼し気だね」


 塀沿いの除き窓や門の隙間から手を振るグランディール町民。


 ヴァラカイから聞こえる、別れを惜しむ声や感謝の叫び。


 ぼくは見下ろして大きく手を振ると、グランディールを東に向かって動かした。


 滑るようにグランディールは移動を開始し、


「すごいですね!」


 リジェネさん……ポリーティアー町長代理が弾んだ声を上げた。


「西の地には水の恵みはないものと思っていたのに……」


「本当は、ポリーティアーに水路天井が作れればよかったのですが……」


「いえ、いえ。水のスキルが複数必要なんでしょう? 辛うじて町であった私たちには、天井を維持するスキルの主はありませんでしたから」


 リジェネさんは少し寂しそうに笑った。


 だって、ポリーティアーやそのほかの町で水路天井が作れたら、町を捨てる必要なんてなかったんだから。


 だけど、たとえぼくたちが渾身の力でポリーティアーに天井を作ったとしても、長持ちするとは思えない。


 スピティから来た連絡だと、ヴァラカイにも言ったように半月に一回チェックしないと水の流れがおかしくなったりするらしい。


 グランディールにそれがないのは、多分「まちづくり」のスキルの存在だろうなあ。


 町のためなら、スキルはどんな形にも発動する。つまり、水路天井も町の一部とスキルには認識されているから、自動的にチェックがかかってる、らしい。


 実はぼく、自分のスキルをどう使っているかの自覚があんまりない。グランディールでは、無意識、そうでなければそれこそアナイナの言う通り「祈る」だけで、「スキルでこういうことをする!」と意識したのはスピティの水路天井の時だけ。だから自分のスキルがどう影響して町になっているか、町を構成しているか、町を動かしているか、当のぼくが分かってない。


 とにかく、スキルの使い方と言うのが自己流なので、力を引き出す方法の自覚がない。仮にエアヴァクセンに数日でもいられれば、また話は違っていただろうけどね。


 なんせ、エアヴァクセンレベルの町であれば、大抵スキル教師と言うのがいる。スキルを種類分けして、それを長い間使ってきた人(たいてい結構なお年寄り)から、具体的なスキルの発動方法などを教われるのだ。例えばぼくだと、無から有を生じる「具現」系で、噂に聞いたところじゃ、具体的なイメージを作るのに色々なものを見せたり、それを頭の中で再現する方法を教えたりする、とか言ってた。


 ……まあ、数日でもエアヴァクセンにいたら、ぼくはもう町から出られなくなっただろうから助かったっちゃ助かったんだけど。


 だけど、スキルについて学ぶ機会がなかったので、「こう!」と意識して使ったことはない。「こうなればいいな」だけだ。だからこそスピティであれだけ「使う!」と意識しすぎて出力の限界超えたんだろう。


 意識して使えるように、フルパワーだけじゃなくて加減した力で発動できるように。


 そうじゃないと、みんなの心配を増やすことになる。何とか力を自分の意思で使えるようにならなけりゃ……。 


 その時、肩を叩かれた。


「?」


 振り返ると、目をキラキラさせたヴァリエ……じゃなくてアパルとサージュがいた。


「早く会議堂に行こう」


「ああ、一刻も早く」


 ……本読みたいんだね?


「まあ、明日の昼前に次の町に着くから、それまで読めるかな……」


 言った途端、ぼくはアパルとサージュに両脇を抱え込まれてずるずると引きずって行かれた。


 何で?!



 会議堂、ぼくの部屋。


 二人はぼくを放り出すと、テーブルの上にいただいた本を並べた。


「ファクトゥムの本が全部揃ってる……」


「これは……スペランツァについて書かれた、神殿にしかないという幻の本じゃないか……」


 二人とも、普段の冷静さをかなぐり捨ててお目目キラキラ。気持ち悪い。


 ……放っておいて出て行ったほうがいいかも。


 そうだよ、スピティの神殿とやり取りして、町の人の行く方向を決めなきゃだし、それが終わったらグランディール初の成人式を行う準備をしなきゃいけない。全然準備してないのに、アナイナがそろそろ焦れてきている。


 そっと足音を消してその場を去ろうと背を向けたら、グイと襟首をつかまれた。


「ぐえ」


 カエルが踏みつぶされたような音がぼくの喉から出る。


「クレーはこっち」


 襟首をつかんだサージュが引っ張って椅子に座らせ、目の前にアパルが本を差し出す。


「はい、これだけは目を通して」


 あの……本好き二人についてけないんだけど……。


 椅子が固定されて立てないようになっている。


 仕方なくテーブルに置かれた本に眼をやる。


 書かれているのは、「前例のないスキルの使い方・上巻」「前例のないスキルの使い方・下巻」。


 …………はい?

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