第206話・スキルの使い方上下巻

 何この本。


 目が点になっているぼくには気付かず、二人は揃って本の世界。


 スキルの使い方上下巻……。


 何でこんな本が?


 ザフト町長、もしかして、ぼくがスキルを使いこなしていないことを知っていたの? それでこの本を写本の中に入れてくれたとか?


 ……今一番必要そうな本ではある。次の町に着くのに一日近い時間はある。


 ぼくはそっと表紙をめくった。



 ザフト町長は無類の本好きだという噂は聞いていたけど、こんな本まで持っていて、更にぼくの役に立つんじゃないかと写本して、プレゼントしてくれる。


 尊敬する町長って、ああいう人なんだろなあ。


 結論として、この本は分かりやすい本だった。


 スキルが勝手に発動するというのは、子供のおねしょに近い。無意識の内に発動することに慣れてしまうと、いざと言うときに力のコントロールが出来なかったり望む通りのスキルを発動させられなかったりするらしい。


 それはまずい。


 で、それを何とかするには、常に「無意識を意識する」ことらしい……。


 無意識を意識って、どうやるの?!


 と考え込みながらページをめくる。


 ちゃんと回答が書いてありました。


 分かりやすく言うと、無意識の内に発動しないよう、常に気を配ること。


 ちょっと思っちゃっただけで建物が建ったりとか土地が増えちゃったりとか。そういうんじゃなくて、ちゃんと自分の意思で使えるようにと。


 人が増える度に土地が広がるのも、無意識に「人が増えたから増えてるかな~」じゃなくて、「人が増えた。とするとどれくらいの土地が必要か。どんな施設が必要か」と考えることを忘れるな、と言うこと。


 どれくらいか分からなかったら、「スキルに聞け」と書いてある。


 聞けって……力を持った概念みたいなものに何をどう聞けと言うのか。


 思いつつページをめくると、心配無用とばかりにちゃんと書いてあった。


 スキルを無意識の内に発動させようとした時、意識して発動しようとしているスキルを把握し、どれくらいの力が使われそうか、どれくらいの規模で起こされそうか、それを意識して感じ取れ、と言うのだ。


 思えば、たまにスキル発動に気付いた時にも、「あ、今使ってる、ぼく」程度にしか感じてなかったな。


 みんな意識してスキルを発動させているけど、ぼくだけ何となくでスキルが勝手に反応して自分から使っていた。


 スキルが勝手に反応するのはまちづくりにとってはよくても、ぼくがスキルを使うというのにとっては悪い、と言うことだった。


 これを、「スキルに使われている」と言うらしい。


 うん、確かにこれはスキルに使われてる。ぼくがスキルを使ってるんじゃなくて、スキルがぼくを使っている。


 それじゃあダメなんだそうで、大きな効果を持つスキルの持ち主であればあるほど、些細な発動にも敏感になって、それを止めたり制御したり、あるいはその範囲を確認したりする。そしてスキル使用を無意識ではなく、自分の意思で使うこと。


 うん、これを知っただけでも進歩だと思う。


 それにしてもザフト町長はすごい。すごすぎる。なんていうか、お気遣い町長一直線。


 他所の町の小童こわっぱ町長なんて、放っておいてもいいのに。わざわざ貴重な本を写本してまで贈ってくれるなんて。


 うん、ぼくもちゃんとスキルを制御して、グランディールは「ぼくがつくったまち」と言えるようにならないと。


 今のところはどう考えてもどう言い訳しても、「ぼくのスキルがつくったまち」だわ。


 その他、スキルの自然発動を抑える精神集中法とか、心の中にあるものを具体的にして実体化するのに必要なコツとか、そう言うのが並んでいる。


 うん、ドストライクだ。ぼくに必要だと贈ったザフト町長と、これはぼくに必要と言ったアパルとサージュの観察眼、さすが。


 そのアパルとサージュは……?


 顔をあげてみると、二人とも本の世界のど真ん中。声をかけても気付く様子はない。


 うん、そうだね。本が好きだもんね……人の本読んでるところなんて見てる暇ないよね……。


 ぼくは一気に読みこんだ「スキルの使い方・上下巻」を閉じ、立ち上がった。


 お腹空いた。


 二人を誘おうか……?


 いや、この二人の読書タイムを邪魔したら、後々どう怨まれるか。


 う~ん。


 ぼくは思い付いて、そっと足音を殺して部屋を出た。



 数分後。


「いい加減にしなさいあなたたちっ!」


 サージュの奥さんファーレの一喝が飛んだ。



 はい、そうです。ヴァラカイの本に夢中になって一睡もせず読む気満々だってファーレにチクったのはぼくです。


 だって、明日も違う町に行って町長に会うのに、ぼくの……グランディールの側近みたいな二人が二人とも寝不足読書ぶっ続けでヘロヘロの顔で出て行くわけにはいかないから。


 でもぼくが何言っても聞いてくれる……いや、気付くことはなさそうなので、一番両方を知っていて鉄槌を下せる人を選んだわけです。


 これは賢い判断だったと自分でも思います。うん、よし。

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