第100話・困ったトライアングル

 書類を終わらせて、行けとアパルとサージュが片付けをしてくれるので、ぼくは会議堂を挨拶もそこそこに飛び出した。


 会議堂は、町の中心である元水汲み場、現水路広場の向かいにある。


 食堂は門から水路広場に向かう大通りの一角。夜遅くまで明かりが灯っている。


 酔客が歌いながら出て行くのと入れ替わりに食堂に入ると、ほとんど人のいなくなった食堂の一番奥の席で、アナイナは頬杖をついて待っていた。


「ごめんアナイナ! 遅くなった!」


「最悪の事態は避けられたからいいよ」


 アナイナは嬉しそうな顔をした。


「突然仕事入って来れなくなるって可能性も考えてたから」


「……悪い」


「いいよ。シートスとフレディにも言われたもん。お兄ちゃんは町を造った町長。町長のお兄ちゃんを独り占めしたら、町のみんなもお兄ちゃんも困るって」


「うん。ありがとう。分かってくれて嬉しい」


 笑って言うと、アナイナも笑って頷く。


「でも、ちょっとでいいから……お仕事を離れた時は、わたしのお兄ちゃんでいてね」


 そこに突き刺さる視線を感じて、ぼくは振りむ……かなくても分かった。


 一つは今ぼくらが座ってるテーブルの端に陣取っていたエキャル。


 もう一つはお冷を持ってきたヴァリエ。


「いらっしゃいませ町長! 会いに来てくれて嬉しいです!」


 レモンの果汁を一滴垂らした水がぼくの前に置かれる。


 ……ヴァリエ、エキャル、アナイナの三角形に囲まれて……辛いです。


 これが久しぶりに妹と食事しようという空気でしょうか。


「……ヴァリエ」


「はい!」


「今日のお勧めは」


 とヴァリエが言いかけた所にアナイナが割って入る。


「炙り焼きチキンだって、お兄ちゃん」


「お前は何か食べたのか?」


「ううん。お兄ちゃんと一緒に食べようと思ってたから何も」


「炙り焼きチキン二人前と、エキャル用に茹でた豆」


 エキャルが顔を上げた。今までアナイナとヴァリエを威圧していたのが浮かれたように首がひょいひょい動いている。


「はいかしこまりましたー」


 途端にはっきり機嫌が悪いと分かるヴァリエの声。仲良くなったと思ってたけど、どうやら地雷を踏んだようだ。


 ヴァリエが厨房の方に戻っていくと、銅鑼声どらごえがいきなりこっちにまで響き渡る。


「今のがお客様に対する態度か! どんな理由があってもどんな相手であっても笑顔で出迎えるのがウェイトレスってもんだろう!」


 ヴァリエの声が小さく聞こえる。


「町長であろうと、だ! お前が騎士を名乗って町長を主としていようと、町長が認めてない限りお前はグランディールのウェイトレス! それで飯を食うんだったらちゃんとした接客をしろ!」


 アナイナは嬉しそうに笑いながら水を飲む。


「アナイナ……人の不幸を喜んじゃいけない」


「え、喜んでるように見えた?」


 見えるとも。目は細いし口元は緩んでるし笑窪えくぼも出てるし。


「やだなあお兄ちゃん、わたしたち友達だよ? ……時と場合によるけど」


 時と場合による友情って何なんだ。


「エキャルもね」


「エキャルも時と場合に限るのか?」


「うん」


 エキャルの前に指を突き出すと、満足そうに指にくちばしを置いた。


「私と同じじゃん。お兄ちゃんの妹はわたしだけなのと、お兄ちゃんの伝令鳥はエキャルなのと、一緒のようなものでしょ?」


「なのか?」


 う~ん、年頃の女の子の理屈と言うのは分からない。


「なの。で、エキャルは仕事場にいても誰も文句言わないから、ちょっとムカッと来るんだよね」


「お前は口を出してくるからだよ」


「お待たせいたしました! 炙り焼きチキン二人前と茹で豆です!」


 大声で割って入るヴァリエ。……なるほど、これが時と場合か。ぼくと誰かが仲良くしている時は友情が出て、ぼくがある特定の存在……この場合はアナイナ、エキャル、ヴァリエのどれか……と仲良くしていると敵対関係になるわけだ。


 ……分かったところでどうしろと言うんだ。つーかどうしようもない。


 二人と一羽平等に仲良くしろってのは無茶な話だし。


 全員妹とかならまだ丸く収まっただろうけどさ。それだったらぼくに求められるのはお兄ちゃんって立場なんだから、いいお兄ちゃんしてればよかっただろうけど。


 ぼくに求められているのは「お兄ちゃん」と「主君」と「優しい飼い主」だ。全部バラバラ。しかも同時に求められる。どうやってこれを全部こなせというのか。せめて時間分けて。時間交代でぼくに求めてくれ。でないと無理だ。


 はーっと息を吐いて、豆を一粒摘まんでエキャルの嘴に持って行ってやった。


 エキャルは嬉しそうに豆を食べる。


「いいなーエキャル。お兄ちゃんわたしにもあーん」


「エキャルはお仕事をしてくれたから。この距離を往復二日で来るって無茶をしたからご褒美なの」


「ふーん」


 つまらなさそうにチキンをフォークに突き刺して口の中に入れるアナイナ。


「そう言えば、お前の手紙、何か書いてあったか?」


「ん」


 チキンをもぐもぐしながらアナイナが手紙を渡してくる。


 ぼくも自分あての手紙を渡して、チキンを口の中に入れた。


 しつこくない甘味の脂。


「あ、美味し」


「うん、クイネさんの作るのはいつも美味しいよね」

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