第301話・ペテスタイ
室内に立ち込めていた靄が晴れた。
パテルさんは仁王立ちで遠くを見て、マトカさんはハンカチで涙を拭っている。フィウ君とツェラちゃんが顔を見合わせ、口を開こうとして……。
「精霊神様とお話したことは、内緒なのよ」
それをマトカさんが止めた。
「えー? なんでー?」
「精霊神様とお約束しなかった? 精霊神様とお話したことは、誰にも喋っちゃいけないって」
「……うん」
「……はーい」
渋々頷く二人。でも納得していないみたい。
「ペルロにお話しするならいいんじゃないかな」
「ペローだったら、誰にも言わないよね」
「ペルロもペローもダメ」
マトカさんに言われて口を尖らせる二人。
「……よし、精霊神様とのお約束を破った人がどんなことになるか、見ておくべきだな」
パテルさんがグイっと涙を拭って、その巨体で子供たちを部屋の外へ追いやった。ぼくたちもその後に続く。
精霊神との約束を破ったらどうなるか。それは見ておいた方がいいだろう。ぼくがこの先どんな目に遭うかを確認するためにも。
後ろでドアが閉じる音がする。
再び蛍の精霊が現れて、ぼくらを先導する。
「お約束破ったら、どうなるの?」
「どんなことになるの?」
「ちゃんと自分の目で見なさい」
マトカさんがたしなめる。
蛍の案内している道が行きと違うのに気付く。ペローに鼻を伸ばすとペローもこくんと頷く。
何かあったら第一優先子供たち、次に親二人を守るよう、ペローに約束させる。ついでに精霊神から何を聞いたのかと聞いてみたら、自分の代わりにぼくを見張れと言われ、ペローは自分を生んだのはぼくだから(意訳)と断ったらしい。特にそれで罰を受けることもなかったらしい。まあ、精霊神の力とは言えぼくの創造物だしね。
神殿を出る。
眩しい太陽が目を射る。
蛍は消えず、ぼくたちの前をふよんふよんしながら移動する。
パテルさんはその後をついて歩く。
マトカさんは子供たちの背に手を軽く当てて歩き、その後ろをぼくとペローが歩く。
見たことのない木々が森を作り、その隙間をぬって道が出来ていて、白蛍はその先をふよんふよんと飛ぶ。
唐突に、森が開けた。
「……!」
「これが、罪を犯した……つまり、悪いことをしたので罰を受けたヤツの姿だ」
パテルさんが見下ろす先。
大神殿の乗っている大地に食い込んでいる、大きな建造物の残骸。
「……これ」
フィウ君が震える声で聞く。
「この建物が、どんな悪いことをしたの?」
「正確には、ここに乗ってた連中、だな」
パテルさんは腕を組んで残骸を見下ろす。
「荒野を自分の足で越えず、試練を通り過ぎ、精霊神様の許可を得ず、直接大神殿にやってきた馬鹿な連中の残骸だ」
まさか、これは……。
空飛ぶ町、日没荒野に乗り出して姿を消した伝説のペテスタイ?!
◇ ◇ ◇
パテルさんがのっしのっしと降りていく。
「壊れない? 壊れない?」
フィウ君は何度も聞くし、ツェラちゃんは涙目。
ぼくは二人をペローに頼み、たったったっと何人もの人が降りてできた自然の階段を降りていく。
「ペルロ、待ってえ」
「ペローと一緒に降りなさい。あの勢いで降りたら人間には危ないわ」
後ろの声を聞きながら、ぼくはパテルさんと同時に建築物の残骸の上に降り立った。
辺りを見回す。
人の気配はない。
だけど、人がいた名残はそこここに残っている。
水の枯れた中央広場に、野菜や果物を乗せた屋台が並んでいる。
果物や野菜はホコリを被っているけど、いつでも食べられるようになっている。人が確かにいて、そして一瞬で消え去ったとしか思えない名残。
「ここ、何? 何?」
「オバケでそう……」
「大丈夫だ、精霊神様がそう言うものは取り除いてくださっているから」
怯えるフィウ君にパテルさんがその頭を撫でる。
「だけど、精霊神様とのお約束をたくさん破ると、こうなる」
「これ、何?」
「これ、っていうか、ここ、だな。「天罰を受けた町」ペテスタイだ」
やっぱり!
「昔、大陸にあったこの町は空を飛ぶことが出来てな。その力で日没荒野を越えて来た。だけど、精霊神様のお許しも取らずにこの大神殿に直接やってきて、精霊神様の怒りに触れた」
「神殿に来ていいよって言われないで来たから、怒られたの?」
「ああ。馬鹿なことをしたヤツらは、人の身体を奪われたって話だ。どんな姿になったかは分からないが、町に人が誰もいないってのは、そう言うことなんだろうな」
「オバケになっちゃったの?!」
ツェラちゃんが悲鳴を上げる。
「いや、オバケじゃないな。聖地にいる誰も、ペテスタイの人間のオバケ見たことないって話だから」
「ぼくも、おやくそく破ったら体なくなっちゃう?」
「そうだ」
二人の目に溜まるいっぱいの涙。
「精霊神様は守れない約束はしない。おまえたちが約束を守れると思ったからおまえたちとお話ししたんだ。それだけ信頼されてるんだから、その約束は守らなきゃいけないぞ」
「「はい」」
子供たち、深刻な顔で頷いた。
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