第302話・天罰を受けた町

 ぼくはあちこちを見回す。


 「空飛ぶ町」ペテスタイ……「天罰を受けた町」と聖地では呼ばれているようだけど、それでも日没荒野を越えて聖地まで来たのは確かなようだ。


 ペテスタイがここにあるのは、聖地の人々に自分精霊神に刃向かったらどうなるかを教える教材としてだろう。大勢の人で賑わっていたこんな町に乗ってきたのに、何処にも誰も人がいない。二人の子供が怯えたように、ゴーストタウンにも見える。愚かな人々の愚かな行いの結末。これを見れば、精霊神に逆らおうだなんて思わないだろう。精霊神に直接コンタクトできる飴と逆らった結末を教える鞭。


 でも、そこにいた町民たちは?


 「人の身体を奪われた」ってどういうことだ?


 人の身体って言えば、ぼくも奪われたことになるよな。肉体から追い出されて、空っぽの所に精霊神が入り込んでるんだから。


 ……いや、待てよ?


 やったのは同じ精霊神ヤツ。同じようなことをしている可能性はある。人間の身体から心を追い出して……!


 ぼくはペテスタイの地面の匂いを嗅ぎまくる。

 

 実は、匂いを嗅いでるように見せかけているだけ。


 地面に鼻をつけて、意識をペテスタイ中に広げ、人の気配がないのを確認。


 でも、見つけた。


 同じ気配。


 あると思ったんだ。絶対!


 ぼくはペテスタイから飛び出す。


「ペルロ?」


 子供の不安そうな声を後に、白い蛍の精霊がふよんふよんしているところまで戻る。


 白い蛍を見上げ、心の中で聞く。


(あなたは、ペテスタイの人でしたか?)


 ふよんふよんしていた蛍がこっちを向いた。


(……はい……)


 やっぱり!


(あなたの仕事は道案内ですか? 他のペテスタイの人たちは?)


(……わたしは大神殿の案内……他にも大神殿への移動や帰還に馬の姿に変えられた人……荷を運ぶ牛に変えられた人……色々います……)


(精霊神は、反省したら戻すって言ってなかったですか?)


(……最初の頃は……でも……精霊神は、自分に仕える仕事は栄誉だと言い……それから五百年以上経ちますが……もう人であったころの姿も忘れてしまいました……)


 …………!


 怒りが沸き起こってくる。


 あんの野郎、聖地の運営にペテスタイの人たちを使ってたな! しかも罰という名目で!


 ざけんな!


 罰ってのはいつかは終わるものだろ。反省したら許すってお前自身が言ってたよな。だけど、どう考えても、長い間こんな仕事させられてペテスタイの人たちが反省しないはずがない。便利だからとそのまま使ってやがるな!


 ぼくが反省してたら戻す、と言ったのも、この分だと怪しい。


 何処が神様じゃ、約束をあっさり覆す、嘘つき野郎じゃないか!


(……戻りたい、という思いは?)


(……昔は……でも……もう人でない時間が多すぎて……でも、もしも叶うなら……人としての生と、人としての死を……)


 五百年以上精霊として使われて、もう生きる喜びすら感じていない人……。


 おいこら精霊神。お前人間と精霊の違いすら分かってないでよく創造神面してやがんな。人間が早く死なせてくれって相当なことだぞ! もう人間の持つ生存本能すらなくしたってことだぞ! 人間を人間じゃなくしてどうすんだ! そんなことに気付きもしないで何が偉そうに精霊神だ!


 もう怒りが次から次へと沸き起こって止まらない。ペローを置いてきてよかった。ペローがペテスタイで遊び出したから子供たちが追いかけて。夫妻もペテスタイにまだ留まっている。ぼくの大激怒を見られずに済んだ。


(あなたは誰……精霊神と同じ力を感じる……でも精霊じゃない……わたしたちに近い……怒りという感情を持っている……あなたは何者……)


 精霊は相手の存在を出会った瞬間に理解する、という特性を持っているけど、人間を精霊に転換された彼らは、ぼくの正体を理解することが出来ないんだろう。困ったような意識。


(ペテスタイの人たちは、みんな全員この大神殿や聖地にいるんですね?)


(……はい……姿は変えられても……同じ町に生きていた、その存在は分かります……)


 ……そうだ。


 ぼくは思い付いたことがあった。


(あの、ええと、蛍さん……)


(…………)


(蛍さん?)


(……リュシオル……)


(え?)


(……今……思い出しました……わたしの名はリュシオル……リュシオル・ランビリス……)


(何かいきなり思い出したな?)


(……あなたと話していて……思い出しました……ほんの少し……人間だった頃の記憶……)


 精霊神の一割の分霊であるぼくに接触したことで、薄れた人間の頃の記憶が戻ってきたんだろうか。


(……わたしは……ペテスタイが日没荒野を飛んでいた時は……スキル「誘導灯」で……真っ直ぐ西に向かう道案内を……していました……)


 そっか。ペテスタイも町だから、いろんなスキルの持ち主がいて、それぞれスキルで町を動かしていたんだ。この蛍さ……じゃなくてリュシオルさんは、道先案内のスキルを持っていたんだな。


(そのスキル、今も使える?)


(……多分今は……でもあなたと離れると……記憶が遠ざかり……忘れてしまうでしょう……あなたは……一体……?)


 純粋な疑問の言葉。

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