第392話・大猫と遊んでみる

 確かにデカい。なのにかわいい。


 小さいものは全て可愛いという古い言葉があるけれど、何だ大きくても可愛いじゃないか。


 そっとその大猫の鼻先に指を出してみる。


 ふんふん、と匂いを嗅いで、鼻をぴとっと指に当ててきた。


 ……冷たい。


「お、マジか」


 シエルの声が思ったより間近で聞こえてきたので振り返ると、シエルがぼくの後ろにしゃがみこんで大猫を見ていた。


「狩猟用の猫はどれだけ気性が大人しくてもなかなか人に懐かないって聞いたけど、いきなりヘソ天愛想取って鼻チョン。猫がすごいのか、町長がすごいのか」


 シエルがためらいなく指をぼくの指の先の大猫に伸ばした。


 おい、その気性が良くても懐かない猫の前によく指持って行けたもんだな。シエルが指を失くすとうちは困るんだぞ。


 大猫は差し出されたシエルの指にしばらくクンカクンカと匂いを嗅いでいたけど、飽きたかのようにプイッと横を向いた。その先にはぼくの顔。


「んなあ?」


 誘ってる。誘ってるな? これは。遊ぼうって言ってるな?


 しかしネズミのオモチャだと小さすぎる……あっという間に食い散らかされる。


 辺りを見回すぼくに気付いたコチカさんが、何かを後ろに隠してやってきた。


 ぼくと目が合う。


 ああ、猫が絡んだ時のキラキラ目だ。


 微笑んで差し出したのは、棒の先にぼくの腕程の猫の尻尾のようなモフりをくっつけたもの。


 それを見た猫の目がキランと光る。


 ぼくが受け取ると、大猫はむくっと起き上がってこっちを見ている。


 しかし、この大きさに座ったまま遊ぶのは無理だ。


 ちょっと腰を浮かせて、いつでも立ち上がれる体勢になって、大猫を見る。


 大猫も尻尾を振ってこっちを見てる。


 そ、と大猫の前にモフりを置くと、大猫がばふんと前脚でそれを押さえる。


 そっと引き抜くと、その後を追ってばふんと押さえつけてくる。


 横に移動すると、横にばふん。


 反対側にくいっと移動すると、スタっと立ち上がって飛び上がって、着地しながらモフりをばふんする。


 おお。さすが狩猟猫。押さえつける仕草が野生っぽい。


 ぐっと引き抜いて上に振り上げる。すると大猫ジャンプ!


 すごい! これは、すごいぞ!


 大猫よりぼくの方が体力使う! 大きいモフりを振り回すのに息が切れる!


 しかもやればやるほど大猫は大喜びするから、やめられない!


 くそっ!


 ぼくは立ち上がって、大きく振り上げる。


 大猫がぴょーんとぼくの身長を超えるほどのジャンプ!


 お、面白いじゃないか!


 しばらくぼくと大猫の大勝負が続いていたけど、ついに終わりを迎えた。


 ぼくが体力切れ。


「ゼーッ、ゼーッ、ゼーッ」


「なごお?」


 もう遊ばないの? とこっちをうかがってくる視線。


 ごめん。ぼくじゃ体力もたない……!


 座り込んでぜぇはぁ言っているぼくの傍に着地して、ぐりっと頭をこすりつけてくる大猫。


「ま、って、いきっ、きれっ」


「ぐるにゃーご」


 ハッと気付くと、長毛系の大猫たちがこっちを見てる。


 みんなキラキラした目で……。


「ごめっ、ぼくっ、もう、体力、切れっ」


「あらあら、町長は伝令鳥や宣伝鳥だけじゃなく猫にも好かれるのね」


 フレディニコニコ。小猫がこっち来ないのは何でだと思ってたけど、ぼくの負担を増やさないよう小猫たちをまとめてくれていたのだと知る。


「くっそ、いいなあ……」


 やっと呼吸が整って、ぼくはシエルに突っ込んだ。


「シエル……いい年してるんだから指くわえない」


「くわえたくもなる」


 むーっとした顔のシエル。


「お猫様がみんな町長クレー好きになってるのが気に入らない」


「ぼくは初対面の動物に好かれるっぽいから」


 正確に言えば精霊神の分霊なので猫たちにとっても創造主の欠片。そりゃあ好きにもなるでしょうさ。嬉しいっちゃ嬉しいけどさ、両手上げて喜ぶほど嬉しいわけでもないんだよ。


「どうせ猫の湯が完成したら毎日通うんだろ? そこでたくさん相手してやればいい。どうせ猫っ可愛がりするんだろ? 文字通り」


「そりゃあ、もちろん!」


 胸を叩くシエル。


「……デザインの仕事もしてもらうよ?」


「当然!」


「それにしても、大型猫たちにも初見で好かれるなんて」


 コチカさんの声が微かに震えている。


「これなら、もしかしたらあの子も懐いてくれるかも」


「あの子?」


「フェーレースで扱う猫の中でも最上級最高級の猫です。気性も大人しく見た目も美しく素晴らしい猫なのですが、気性が大人しいのと相性が悪いのは如何ともしがたく……求めてくださるお客さまと引き合わせてもそっぽを向いてしまうので、今まで引き取り手がいなかったのです」


 コチカさん、眉間にしわ寄せて考えている。


「どうでしょう。その猫にお会いしては頂けないでしょうか。もしテイヒゥルのお気に入りになって、あの子を連れて行っていただけるなら、猫用具なども割り引いて提供いたしますので……」


「安くなるの?」


 どんな問題猫か知らないけど、この数の猫と猫用品はシエルが頑張ってもなかなかお金にならないのである。安くなるなら。



     ◇     ◇     ◇



 猫の町ですね。


 確かに猫ですね。


 でもね、コチカさん。


 エアヴァクセンに住んでいた頃、まだ年齢が二桁行ってない記憶が確かなら。


「これ、「虎」って言いません?」


「猫です」


 ぼくよりデカい生き物を前にして、平然と猫と言い放つコチカさん。


 猫の仲間なら何でも扱うのかフェーレース?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る